詩篇59:1 【指揮者によって。「滅ぼさないでください」に合わせて。ダビデの詩。ミクタム。サウルがダビデを殺そうと、人を遣わして家を見張らせたとき。】
59:2 わたしの神よ、わたしを敵から助け出し 立ち向かう者からはるかに高く置いてください。
59:3 悪を行う者から助け出し 流血の罪を犯す者から救ってください。
59:4 御覧ください、主よ 力ある者がわたしの命をねらって待ち伏せし 争いを仕掛けて来ます。罪もなく過ちもなく
59:5 悪事をはたらいたこともないわたしを 打ち破ろうとして身構えています。目覚めてわたしに向かい、御覧ください。
59:6 あなたは主、万軍の神、イスラエルの神。目を覚まし、国々を罰してください。悪を行う者、欺く者を容赦しないでください。
詩篇58篇に続いて、表題には「『滅ぼさないでください 』に合わせて。ダビデの詩。ミクタム。」となっています。
ということは、58篇同様、とりなしの祈りを込めて歌われた歌かもしれません。
しかし、この59篇では、58篇よりもさらに事態は深刻となり、今にもダビデの命が奪い去られようとする危険の中に置かれていたことが伺えます。
それでも尚、ダビデは神を賛美しているのです。
詩篇59:15 夕べになると彼らは戻って来て 犬のようにほえ、町を巡ります。
59:16 彼らは餌食を求めてさまよい 食べ飽きるまでは眠ろうとしません。
59:17 わたしは御力をたたえて歌をささげ 朝には、あなたの慈しみを喜び歌います。あなたはわたしの砦の塔、苦難の日の逃れ場。
59:18 わたしの力と頼む神よ あなたにほめ歌をうたいます。神はわたしの砦の塔。慈しみ深いわたしの神よ。
神が必ず自分を救ってくださることを期待し、信じたことは必ず実現すると、まさに「信じきった」者だけがなせる業、それが賛美なのでしょう。
賛美は単なる神さまを褒め称える歌というだけではなく、そこに力強い神への信仰の表明があり、神さまは必ずそのようにしてくださるとの信仰告白でもあると言えるでしょう。
ルカ1:45 主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。」
私達の賛美に求められることは、このような信仰なのです。