詩篇50:7 「わたしの民よ、聞け、わたしは語る。イスラエルよ、わたしはお前を告発する。わたしは神、わたしはお前の神。
50:8 献げ物についてお前を責めはしない。お前の焼き尽くす献げ物は 常にわたしの前に置かれている。
50:9 わたしはお前の家から雄牛を取らず 囲いの中から雄山羊を取ることもしない。
50:10 森の生き物は、すべてわたしのもの 山々に群がる獣も、わたしのもの。
50:11 山々の鳥をわたしはすべて知っている。獣はわたしの野に、わたしのもとにいる。
50:12 たとえ飢えることがあろうとも お前に言いはしない。世界とそこに満ちているものは すべてわたしのものだ。
50:13 わたしが雄牛の肉を食べ 雄山羊の血を飲むとでも言うのか。
50:14 告白を神へのいけにえとしてささげ いと高き神に満願の献げ物をせよ。
50:15 それから、わたしを呼ぶがよい。苦難の日、わたしはお前を救おう。そのことによって お前はわたしの栄光を輝かすであろう。」
50:16 神は背く者に言われる。「お前はわたしの掟を片端から唱え わたしの契約を口にする。どういうつもりか。
50:17 お前はわたしの諭しを憎み わたしの言葉を捨てて顧みないではないか。
50:18 盗人と見ればこれにくみし 姦淫を行う者の仲間になる。
50:19 悪事は口に親しみ 欺きが舌を御している。
50:20 座しては兄弟をそしり 同じ母の子を中傷する。
50:21 お前はこのようなことをしている。わたしが黙していると思うのか。わたしをお前に似たものと見なすのか。罪状をお前の目の前に並べて わたしはお前を責める。
50:22 神を忘れる者よ、わきまえよ。さもなくば、わたしはお前を裂く。お前を救える者はいない。
50:23 告白をいけにえとしてささげる人は わたしを栄光に輝かすであろう。道を正す人に わたしは神の救いを示そう。」
私たちが神様にお捧げするもの、それらは全て、もともと神様がお創りになり、私たちのために与えられたものばかり。
だから、主なる神様は、私たちの捧げ物によって態度を変えられるようなお方ではありません。
むしろ、全ては神様からのものと感謝して従う者をお喜びになられるのです。
サムエル上15:22 サムエルは言った。「主が喜ばれるのは 焼き尽くす献げ物やいけにえであろうか。むしろ、主の御声に聞き従うことではないか。見よ、聞き従うことはいけにえにまさり 耳を傾けることは雄羊の脂肪にまさる。
そして、誠実に神の御言葉に聞き従うとき、そこに求められるのは、全てを赦していただくための罪の告白なのです。
1ヨハネ1:8 自分に罪がないと言うなら、自らを欺いており、真理はわたしたちの内にありません。
1:9 自分の罪を公に言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、罪を赦し、あらゆる不義からわたしたちを清めてくださいます。
1:10 罪を犯したことがないと言うなら、それは神を偽り者とすることであり、神の言葉はわたしたちの内にありません。
2:1 わたしの子たちよ、これらのことを書くのは、あなたがたが罪を犯さないようになるためです。たとえ罪を犯しても、御父のもとに弁護者、正しい方、イエス・キリストがおられます。
2:2 この方こそ、わたしたちの罪、いや、わたしたちの罪ばかりでなく、全世界の罪を償ういけにえです。
神への礼拝も、「私たちが捧げる礼拝」というよりも「神が贖ってくださったことへの感謝の場」であることを覚えたいものです。