詩篇44篇 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

詩篇44:2 神よ、我らはこの耳で聞いています 先祖が我らに語り伝えたことを 先祖の時代、いにしえの日に あなたが成し遂げられた御業を。
44:3 我らの先祖を植え付けるために 御手をもって国々の領土を取り上げ その枝が伸びるために 国々の民を災いに落としたのはあなたでした。
44:4 先祖が自分の剣によって領土を取ったのでも 自分の腕の力によって勝利を得たのでもなく あなたの右の御手、あなたの御腕 あなたの御顔の光によるものでした。これがあなたのお望みでした。
44:5 神よ、あなたこそわたしの王。ヤコブが勝利を得るように定めてください。
44:6 あなたに頼って敵を攻め 我らに立ち向かう者を 御名に頼って踏みにじらせてください。
44:7 わたしが依り頼むのは自分の弓ではありません。自分の剣によって勝利を得ようともしていません。
44:8 我らを敵に勝たせ 我らを憎む者を恥に落とすのは、あなたです。
44:9 我らは絶えることなく神を賛美し とこしえに、御名に感謝をささげます。〔セラ
44:10 しかし、あなたは我らを見放されました。我らを辱めに遭わせ、もはや共に出陣なさらず
44:11 我らが敵から敗走するままになさったので 我らを憎む者は略奪をほしいままにしたのです。
44:12 あなたは我らを食い尽くされる羊として 国々の中に散らされました。
44:13 御自分の民を、僅かの値で売り渡し その価を高くしようともなさいませんでした。
44:14 我らを隣の国々の嘲りの的とし 周囲の民が嘲笑い、そしるにまかせ
44:15 我らを国々の嘲りの歌とし 多くの民が頭を振って侮るにまかせられました。
44:16 辱めは絶えることなくわたしの前にあり わたしの顔は恥に覆われています。
44:17 嘲る声、ののしる声がします。報復しようとする敵がいます。
44:18 これらのことがすべてふりかかっても なお、我らは決してあなたを忘れることなく あなたとの契約をむなしいものとせず
44:19 我らの心はあなたを裏切らず あなたの道をそれて歩もうとはしませんでした。
44:20 あなたはそれでも我らを打ちのめし 山犬の住みかに捨て 死の陰で覆ってしまわれました。
44:21 このような我らが、我らの神の御名を忘れ去り 異教の神に向かって 手を広げるようなことがあれば
44:22 神はなお、それを探り出されます。心に隠していることを神は必ず知られます。
44:23 我らはあなたゆえに、絶えることなく 殺される者となり 屠るための羊と見なされています。
44:24 主よ、奮い立ってください。なぜ、眠っておられるのですか。永久に我らを突き放しておくことなく 目覚めてください。
44:25 なぜ、御顔を隠しておられるのですか。我らが貧しく、虐げられていることを/忘れてしまわれたのですか。
44:26 我らの魂は塵に伏し 腹は地に着いたままです。
44:27 立ち上がって、我らをお助けください。我らを贖い、あなたの慈しみを表してください。

私が救われたことは、私の行いや業によるものではありませんでした。
ただただ、主なる神様の一方的な憐れみのゆえに救っていただいた者です。
それなのに、なぜ、周囲のものは、この私をののしり、苦しめるのか。

昨日、あるセミナーで、私たちは、相手よりも上の立場にたって教えようとしていないか、あたかもすべての答えを知っているかのように諭そうとしていないか、それよりも、相手と同じ立場にたち、相手の苦しみに寄り添い、聞いてあげることで共に歩んでいくことができるのではないだろうか、ということを教わりました。
「そうだよなあ」と思っていると、ふと、私が感じているような辛さや苦しみは、ほかの人も感じていることなのかもしれない、私の悩みは他人にはわかってもらえないと考えていたのではないだろうか、と思えてきました。
そう、私自身、周囲の人を信頼せず、悩みを打ち明けようとしていなかったのではないかと。

心の壁は、案外、自分自身のうちにあるものなのかもしれません。
私が変われば、相手も変わるかもしれない。そう思うと、少しだけ優しくなれるような気がしました。

イザヤ59:1 主の手が短くて救えないのではない。主の耳が鈍くて聞こえないのでもない。
59:2 むしろお前たちの悪が 神とお前たちとの間を隔て お前たちの罪が神の御顔を隠させ お前たちに耳を傾けられるのを妨げているのだ。