ガラテヤ3章1~14節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ガラテヤ3:10 律法の実行に頼る者はだれでも、呪われています。「律法の書に書かれているすべての事を絶えず守らない者は皆、呪われている」と書いてあるからです。
3:11 律法によってはだれも神の御前で義とされないことは、明らかです。なぜなら、「正しい者は信仰によって生きる」からです。
3:12 律法は、信仰をよりどころとしていません。「律法の定めを果たす者は、その定めによって生きる」のです。
3:13 キリストは、わたしたちのために呪いとなって、わたしたちを律法の呪いから贖い出してくださいました。「木にかけられた者は皆呪われている」と書いてあるからです。
3:14 それは、アブラハムに与えられた祝福が、キリスト・イエスにおいて異邦人に及ぶためであり、また、わたしたちが、約束された“霊”を信仰によって受けるためでした。

もし私たちが、律法を行うことによって救われようとするならば、律法の求めるところの全ての務めを全うしなければなりません。それは、正しい行いを完全に全うするだけでなく、もし、完全に全うできなかった時には、その償いも完全に全うしなければならないというものです。
そして、悲しいかな、私たち人間は皆、罪人であり、神様の求める義の行いを完全には全うすることはできず、全ての人が律法の裁きのもとに置かれているのです。

しかし、唯一、この律法の求めているところの全ての裁きさえも全うして下さったのが、主イエス・キリストの十字架であり、イエス様の私たちの身代わりの償いにより、この事実に信頼する信仰の故に私たちは救われるのです。

律法の求める裁き、すなわち「呪い」を受けて十字架で死んで下さったイエス様。
自分の行いに頼る者は死に、この方に信頼する者は「生きる」のです。