1コリント5章1~8節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

1コリント5:6 あなたがたが誇っているのは、よくない。わずかなパン種が練り粉全体を膨らませることを、知らないのですか。
5:7 いつも新しい練り粉のままでいられるように、古いパン種をきれいに取り除きなさい。現に、あなたがたはパン種の入っていない者なのです。キリストが、わたしたちの過越の小羊として屠られたからです。
5:8 だから、古いパン種や悪意と邪悪のパン種を用いないで、パン種の入っていない、純粋で真実のパンで過越祭を祝おうではありませんか。

パウロは、コリントの教会のクリスチャンたちの間に見られた不品行の罪について指摘しているが、実はそれが、彼らの高慢の罪から来ているものであるということを見抜いていたし、全ての不品行に増して、高慢の罪を注意するように戒めている。

わずかなパン種が、練り粉全体を膨らませることを知らないのか。

ここに用いられている「わずかな」という言葉は、「小さい」とも用いられる言葉で、ギリシャ語では「ミクロス」、つまり、ミクロの世界でしか見えないようなものであっても、それが全体に広がっていくことを注意すべきという事なのでしょう。
私のうちにも高慢の罪はあります。たとえそれが人前には見えないほどの小さな小さなミクロの存在であったとしても、やがて膨らんで、不品行に到るというのですから、パウロが言うように、その高慢のパン種を取り除き、パン種を入れない純粋で真実なパンでイエス様をお祝いできるようにしていきたいものです。
誰もがりっぱである必要はないし、誰もが麗しい味をしなくてもいい。
私は私であることが最高であると思い、私をお創りくださった方の意思に従って生きていきたいものです。