2テモテ4章6~18節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

2テモテ4:6 わたし自身は、既にいけにえとして献げられています。世を去る時が近づきました。
4:7 わたしは、戦いを立派に戦い抜き、決められた道を走りとおし、信仰を守り抜きました。
4:8 今や、義の栄冠を受けるばかりです。正しい審判者である主が、かの日にそれをわたしに授けてくださるのです。しかし、わたしだけでなく、主が来られるのをひたすら待ち望む人には、だれにでも授けてくださいます。
4:9 ぜひ、急いでわたしのところへ来てください。
4:10 デマスはこの世を愛し、わたしを見捨ててテサロニケに行ってしまい、クレスケンスはガラテヤに、テトスはダルマティアに行っているからです。
4:11 ルカだけがわたしのところにいます。マルコを連れて来てください。彼はわたしの務めをよく助けてくれるからです。

本日は、教会歴において、使徒マルコの日となっています。
マルコという人物は、使徒ではありませんでしたが、使徒たちからたいへん信頼され、おそらく、もうまもなく殺されてしまうであろうことを察していたパウロがテモテに連れて来るようにお願いするほど、有用な人物だったのでしょう。
彼が記したとされるマルコの福音書も、実に明快な文書で、イエス・キリストの福音を宣べ伝えようとしていることが伺えます。

マルコ1:1 神の子イエス・キリストの福音の初め。
1:2 預言者イザヤの書にこう書いてある。「見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、あなたの道を準備させよう。
1:3 荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ。』」そのとおり、
1:4 洗礼者ヨハネが荒れ野に現れて、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。

余計なことは一切記さずに、シンプルな表現で「神の子イエス・キリストの福音の初め。」を書き記す。それ故に、使徒たちにも信頼される者だったのでしょう。

振り返って、自分のことを思うと、なんと、余計な事の多いことかと思わされます。キリストの福音宣教と何の関係もないことに熱心になったり、自分自身を宣伝したり。
キリストの福音を宣べ伝えることがどれだけ素敵なことであり、それだけに専念できる事の幸いを覚えたいと思います。

イザヤ52:7 いかに美しいことか 山々を行き巡り、良い知らせを伝える者の足は。彼は平和を告げ、恵みの良い知らせを伝え 救いを告げ あなたの神は王となられた、と シオンに向かって呼ばわる。