過ぎ越しの食事 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

日時:2006年3月26日
聖書箇所:ルカ22章7~23節

イエス様が弟子たちと共に最後の晩餐の時を持たれたとき、「わたしは、苦しみを受ける前に、あなたがたといっしょに、この過越の食事をすることをどんなに望んでいたことか。」と仰せられ、イエス様ご自身がこのことを心から望んでおられたということをお語りになられています。
そして、この最後の晩餐の席で与えられたパンとぶどう酒が、イエス様がこれから十字架の上で裂かれようとしておられるご自分の体と、流されようとしておられる血による贖いの契約を示すものであり、ご自分の命を持って、弟子たちに命の恵みを与えようと願っておられたイエス様の御心を味わうことができるのです。
ご自分の命をもって、命の約束を与えたいと願われた主イエス様。
そして、それは、与える神と、それを信じて受け入れる者とがあって、はじめて成り立つものであり、受ける者が、与えようとしておられるお方の御心を知ってこそ、この新しい契約が意味あるものとなりうるのです。

ルカ22:19 それから、パンを取り、感謝をささげてから、裂いて、弟子たちに与えて言われた。「これは、あなたがたのために与える、わたしのからだです。わたしを覚えてこれを行ないなさい。」
22:20 食事の後、杯も同じようにして言われた。「この杯は、あなたがたのために流されるわたしの血による新しい契約です。

この「あなたがたのために」という設定の言葉は、たいへんありがたい御言葉です。
このことの意味を深く味わいつつ、イエス様の備えてくださった、新しい過ぎ越しの食卓、主の聖餐の恵みを、感謝して受ける者とならせていただきたいものです。
教会によっては、小さな子供たちが聖餐に与ることのできないところもあるかもしれませんが、主イエス様が「あなたがたのために」と仰せられた御言葉の意味を覚えつつ、この事を約束されたイエス様の御心を小さな子どもたちも悟ることができるように、丁寧にイエス様の十字架の意味を語らせて頂きたいものです。