ヨハネ14章44~50節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ヨハネ12:44 イエスは叫んで、こう言われた。「わたしを信じる者は、わたしを信じるのではなくて、わたしを遣わされた方を信じるのである。

私に洗礼を授けて下さった牧師先生は、見るからに「白髪の心優しいおじいさん牧師」といった感じで、教会員の方からも信頼され、先生の姿に、イエス様をダブらせて見ている人も多かったのではないでしょうか。
しかし、そんな先生がよく言っておられたことは「牧師を見ないで、牧師が見ている方を見るように」という言葉でした。
きっと「先生は、イエス様のような人ですね」と言われるたびに、心苦しく思われていたのでしょう。

ところで、本日は、教会歴では、使徒パウロの日となっています。
パウロは、かつてクリスチャンたちを迫害していた身。そんな彼が、キリストの証人として宣教の業に携わっていくということは、非常に大きな恐れを伴うものであったことでしょう。
周りの人間が自分のことをどう思っているだろうか・・・人は、そういうことを気にすればするほど、泥沼にはまり込んでいくだけです。なぜなら、そこに解決はないからです。
幾ら人に良く見られたいと願っても、誰にでも愛される人間などいないはず。
それよりも、どんな自分であれ、イエス様の尊い贖いの代価によって赦された喜びに生きている時、その人は、輝いて生きることができるのではないでしょうか。

先ほどお話しした牧師先生、戦時中は、戦場の最前線において戦ったご経験があるようです。きっと、戦時中の悲しい思い出や、苦しい体験など、数限りなくお持ちのことだろうと思うのですが、それらの体験も、全て主にあって赦されているという、本当の喜びがあったからこそ、誰の目にも、輝いているように見え、とても魅力的な人物に見えたのでしょう。

魅力的な人でいるためには、イエス様の血によって赦された人であること。
これが全てであると思います。