出エジプト11:1 主はモーセに言われた。「わたしは、なおもう一つの災いをファラオとエジプトにくだす。その後、王はあなたたちをここから去らせる。いや、そのときには、あなたたちを一人残らずここから追い出す。
11:2 あなたは、民に告げ、男も女もそれぞれ隣人から金銀の装飾品を求めさせるがよい。」
11:3 主はこの民にエジプト人の好意を得させるようにされた。モーセその人もエジプトの国で、ファラオの家臣や民に大いに尊敬を受けていた。
いよいよ、モーセによって最後の災いがエジプトにもたらされようとしていた時、主なる神様は、子供も家畜も全てエジプトから解放されるばかりか、エジプトの民から、金や銀などの財宝をも得ることができるであろうと告げられ、その言葉通り、イスラエルの民は、エジプトの民らから、多くの金銀装飾などを譲り受けることになります。
しかし、このことが後に「金の子牛」事件を引き起こすきっかけにもなったと言えるのではないでしょうか。
ここ数日、世間をにぎわしている事件では、かつて「お金が全て」と言い張っていた人が、不正な行為によって巨額の資金を得ていたということが報道されつつあります。
お金を稼ぐためだけの株、利益を上げるためだけの実体のない企業活動。
本末転倒のように思います。
確かに、会社という組織は、利益を上げてナンボの世界だとは思うのですが、そこに、社会に対する貢献とか、必要性がなけれが、やがて世間から見放されていくだけです。
信頼される会社、きちんとやるべき仕事をやって、必要が認められて、それで支援する人が出てくる。歩むべき道を見失わないようにしたいものですね。
さて、今日の私は、何をしましょうか?
私に与えられた富や賜物、自分のためだけでなく、他人のために、どのように用いていくべきか、考えていきたいですね。
マルコ10:42 そこで、イエスは一同を呼び寄せて言われた。「あなたがたも知っているように、異邦人の間では、支配者と見なされている人々が民を支配し、偉い人たちが権力を振るっている。
10:43 しかし、あなたがたの間では、そうではない。あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、
10:44 いちばん上になりたい者は、すべての人の僕になりなさい。
10:45 人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである。」