出エジプト9章1~12節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

出エジプト9:1 主はモーセに言われた。「ファラオのもとに行って彼に告げなさい。ヘブライ人の神、主はこう言われた。『わたしの民を去らせ、わたしに仕えさせよ』と。
9:2 もしあなたが去らせるのを拒み、なおも彼らをとどめておくならば、
9:3 見よ、主の手が甚だ恐ろしい疫病を野にいるあなたの家畜、馬、ろば、らくだ、牛、羊に臨ませる。
9:4 しかし主は、イスラエルの家畜とエジプトの家畜とを区別される。イスラエルの人々の家畜は一頭たりとも死ぬことはない。

主なる神様がなさった御業は、心頑なにするエジプトの民に災いをもたらすものでありましたが、同じ国に住んでいたイスラエルには、それらの災いがもたらされることはなく、はっきりと区別されていました。
この「区別」という言葉は、聖書中、非常にわずかな箇所でしかも用いられていない言葉であり、モーセを通して、エジプトに災いがもたらされた時、イスラエルが区別された場合と、他は、わずかに詩篇において賛美の言葉として用いられている程度です。
しかし、なぜ、賛美に用いられている言葉であるのかというと、実はこの言葉は「区別」という用法以外に「奇しい」とか「驚くべき」「不思議な」といった意味で用いられており、主なる神様がなさった「驚くべき」「奇しい」救いの御業を関係していることを思わされるのです。
つまり、分け隔てできるような状況ではない中、主なる神様は、不思議な業を持ってイスラエルだけを区別され、そして、これを神の愛する民として聖別されたということなのです。
そう考えると、主なる神様の救いの御業とは、神様がご自分の民をお選びになられたことであり、それは同時に、本来ならばありえないほどの奇しい恵みの御業であったということなのでしょう。

出エジプト33:16 一体何によって、わたしとあなたの民に御好意を示してくださることが分かるでしょうか。あなたがわたしたちと共に行ってくださることによってではありませんか。そうすれば、わたしとあなたの民は、地上のすべての民と異なる特別なものとなるでしょう。」
33:17 主はモーセに言われた。「わたしは、あなたのこの願いもかなえよう。わたしはあなたに好意を示し、あなたを名指しで選んだからである。」

主はご自分の民をお選びにになり、聖別して、これを特別に扱って下さいます。
まさにVIP扱いとでも言うのでしょうか。
神の御子イエス様の尊い贖いにより、神の子たる身分を頂いたのですから。