出エジプト7章25節~8章11節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

出エジプト8:4 ファラオはモーセとアロンを呼んで、「主に祈願して、蛙がわたしとわたしの民のもとから退くようにしてもらいたい。そうすれば、民を去らせ、主に犠牲をささげさせよう」と言うと、
8:5 モーセはファラオに答えた。「あなたのお望みの時を言ってください。いつでもあなたとあなたの家臣と民のために祈願して、蛙をあなたとあなたの家から断ち、ナイル川以外には残らぬようにしましょう。」
8:6 ファラオが、「明日」と言うと、モーセは答えた。「あなたの言われるとおりにしましょう。あなたは、我々の神、主のような神がほかにいないことを知るようになります。
8:7 蛙はあなたとあなたの王宮、家臣や民の間から退いて、ナイル川以外には残らなくなるでしょう。」

モーセにエジプトからかえるを追い払ってもらうよう嘆願したファラオは、「あなたのお望みの時を」と申し出たモーセに対し、なぜか「明日」と応えています。
もし、かえるの大発生を一刻も早く止めさせたいと願うのであるならば、「今すぐやめさせよ」と命じるはずだと思うのですが、しかしながら、モーセの頼る主の御名によってそれが成し遂げられるという事だけは避けたいという気持ちとが混ざり合って、「明日」という、なんとも中途半端な応答になってしまったのではないかと思うのです。
今すぐこんな状況から解消されたいと思ってはいる。だからと言って彼らの言うとおりにすることは、自分にとって都合が悪い。かといって、こんな状況に何日も耐えられるわけでもない。でも、もしかしたら、明日までに、何らかの状況の変化があるかもしれないし・・・。そんな複雑な心境を、この「明日」という言葉は示していると言えるでしょう。

「もっと素直に神様を信じれば良いのに・・・。」そんな風に思う時が度々あります。でも、そこには、様々な利害関係が絡んでいたり、そう簡単には「ハイ信じます。」と言えない状況があるのかもしれません。
しかし、心を頑なにすればするほど、だんだん苦しい状況に追い詰められていく場合もあります。時には勇気を持って「信じる」ということを率先してみてもよいのではないでしょうか。

ヘブル3:12 兄弟たち、あなたがたのうちに、信仰のない悪い心を抱いて、生ける神から離れてしまう者がないように注意しなさい。
3:13 あなたがたのうちだれ一人、罪に惑わされてかたくなにならないように、「今日」という日のうちに、日々励まし合いなさい。
3:14 わたしたちは、最初の確信を最後までしっかりと持ち続けるなら、キリストに連なる者となるのです。
3:15 それについては、次のように言われています。「今日、あなたたちが神の声を聞くなら、神に反抗したときのように、心をかたくなにしてはならない。」