出エジプト4章1~17節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

出エジプト4:10 それでもなお、モーセは主に言った。「ああ、主よ。わたしはもともと弁が立つ方ではありません。あなたが僕にお言葉をかけてくださった今でもやはりそうです。全くわたしは口が重く、舌の重い者なのです。」
4:11 主は彼に言われた。「一体、誰が人間に口を与えたのか。一体、誰が口を利けないようにし、耳を聞こえないようにし、目を見えるようにし、また見えなくするのか。主なるわたしではないか。
4:12 さあ、行くがよい。このわたしがあなたの口と共にあって、あなたが語るべきことを教えよう。」

モーセは、神様から遣わされたしるしとして、杖をへびに変えたりすることなどを示されてもなお、同朋イスラエルの民からは信頼されないのではないかと心配し続け、いざ、同朋の目の前に立った時、何を言うべきか自信が持てなかったのでしょう。口が重く、人前で話すことが苦手であることを神様に申し上げています。
しかし、これは、まさに「つぶやき」に他なりません。神様がここまでしてモーセを遣わすと言っているのに、当の本人は、かたくなに自分にはその素質も資格もないと言わんばかり。とうとう神様は、モーセの兄アロンを同行させるよう命じるのですが、あくまで、神様が遣わされたのは、モーセなのです。

私も一人の証し人として召されていることを思う時、ついつい、自分自身で勝手な判断をし、時に良い訳を申し述べたりして、神の福音の言葉を語ることを止めてしまう時がありますが、主が遣わされたこととともに、この口も、主なる神様が、神の言葉を宣べ伝えるためにお造り下さったということを覚え、語ることができる限り、イエス様の十字架と復活による福音のメッセージを語り継いで行きたいと願わされています。

2テモテ4:1 神の御前で、そして、生きている者と死んだ者を裁くために来られるキリスト・イエスの御前で、その出現とその御国とを思いつつ、厳かに命じます。
4:2 御言葉を宣べ伝えなさい。折が良くても悪くても励みなさい。とがめ、戒め、励ましなさい。忍耐強く、十分に教えるのです。
4:3 だれも健全な教えを聞こうとしない時が来ます。そのとき、人々は自分に都合の良いことを聞こうと、好き勝手に教師たちを寄せ集め、
4:4 真理から耳を背け、作り話の方にそれて行くようになります。
4:5 しかしあなたは、どんな場合にも身を慎み、苦しみを耐え忍び、福音宣教者の仕事に励み、自分の務めを果たしなさい。