出エジプト2:14 「誰がお前を我々の監督や裁判官にしたのか。お前はあのエジプト人を殺したように、このわたしを殺すつもりか」と言い返したので、モーセは恐れ、さてはあの事が知れたのかと思った。
出エジプト2:20 父は娘たちに言った。「どこにおられるのだ、その方は。どうして、お前たちはその方をほうっておくのだ。呼びに行って、食事を差し上げなさい。」
モーセは、エジプトの苦役の中にあったイスラエルの同朋がエジプト人に打たれているのを見て、これを助けようと思い、エジプト人を殺してしまいます。
そして、同朋のイスラエルの民からも、エジプト人を殺したのと同じように、自分たちのことをも殺すつもりかと責められ、ついに、エジプトを追われ、ミデヤンの地へと逃れていくことになります。
ミデヤンの地に逃れたモーセは、ミデヤンの祭司の娘たちを横暴な羊飼いたちの手から助けるのですが、このようなモーセの一連の行動からは、彼の一途な正義感によるものであると言えるでしょう。
しかし、彼のそのような正義感も、一方では妬ましく思われ、他方では、ありがたく感謝されることになるわけで、受け留める相手の状況によって、全く正反対になってしまうのです。
同じ事をしても、喜んでくれる方と、そうでない方がいます。
そういう状況の中で、どちらにも喜んでいただけるように振舞う事は、かえって、どちらからも信頼を得られないことになりかねません。
ならば、せめて、喜んで下さる方がいる以上、そういう方々のために自分に出来る事を誠実にこなしていくことが大切なのでは、と思います。
イエス様も、イエス様のことを歓迎する人たちと、迫害する人たちとの間にあって、妥協することなく、イエス様を受け入れる人たちに神の国の事を語り続けました。結局は、そういう風に御言葉に聞き入る人たちこそ、神の国にふさわしい人たちなのでしょう。
ならば、私も、神の国の御言葉に信頼して耳を傾ける人たちのために誠実な奉仕をさせて頂きたいと願います。