フィリピ4章2~23節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

フィリピ4:10 さて、あなたがたがわたしへの心遣いを、ついにまた表してくれたことを、わたしは主において非常に喜びました。今までは思いはあっても、それを表す機会がなかったのでしょう。
4:11 物欲しさにこう言っているのではありません。わたしは、自分の置かれた境遇に満足することを習い覚えたのです。
4:12 貧しく暮らすすべも、豊かに暮らすすべも知っています。満腹していても、空腹であっても、物が有り余っていても不足していても、いついかなる場合にも対処する秘訣を授かっています。
4:13 わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはすべてが可能です。
4:14 それにしても、あなたがたは、よくわたしと苦しみを共にしてくれました。
4:15 フィリピの人たち、あなたがたも知っているとおり、わたしが福音の宣教の初めにマケドニア州を出たとき、もののやり取りでわたしの働きに参加した教会はあなたがたのほかに一つもありませんでした。
4:16 また、テサロニケにいたときにも、あなたがたはわたしの窮乏を救おうとして、何度も物を送ってくれました。
4:17 贈り物を当てにして言うわけではありません。むしろ、あなたがたの益となる豊かな実を望んでいるのです。
4:18 わたしはあらゆるものを受けており、豊かになっています。そちらからの贈り物をエパフロディトから受け取って満ち足りています。それは香ばしい香りであり、神が喜んで受けてくださるいけにえです。
4:19 わたしの神は、御自分の栄光の富に応じて、キリスト・イエスによって、あなたがたに必要なものをすべて満たしてくださいます。
4:20 わたしたちの父である神に、栄光が世々限りなくありますように、アーメン。

昨日、教会の会計を担当して下さっている教会員の方が、今年の会計報告を持ってきてくださいました。
教会員の多くは、年金で暮らしていらっしゃる方や、病気を煩っていらっしゃる方で、安定した収入が約束されている方などは、ほんのごく一部という群れです。
それでも、なんと多くの方が喜びと感謝の心を持って捧げてくださるかということを思う時、主の御業の素晴らしさ、救いの恵みの大きさを思うのです。

パウロは、自分が乏しいから捧げて欲しいと訴えているのではなく、自分がお仕えしている主イエス様の宣教の働きを通して救われる方が起こされていくために、支援を要請しているのであり、支援する者も一緒に恵みに与る事ができることを願って、フィリピの教会員たちに依頼していると言えるでしょう。
このような姿勢は、健全な教会のあるべき姿であり、教会はそのためにも存在していることを思います。
2005年も、多くの働きを通して、救われる方が起こされていきました。主の新しい2006年も、ますます働きのための必要は大きくなっていくことでしょう。でも、そこに、感謝と喜びを持って共に携わらせて頂きたいと願う者です。

2006年も、主の救いの恵みの故に、救われる方がますます起こされますように。