詩篇32:1 いかに幸いなことでしょう 背きを赦され、罪を覆っていただいた者は。
32:2 いかに幸いなことでしょう 主に咎を数えられず、心に欺きのない人は。
32:3 わたしは黙し続けて 絶え間ない呻きに骨まで朽ち果てました。
32:4 御手は昼も夜もわたしの上に重く わたしの力は 夏の日照りにあって衰え果てました。
32:5 わたしは罪をあなたに示し 咎を隠しませんでした。わたしは言いました 「主にわたしの背きを告白しよう」と。そのとき、あなたはわたしの罪と過ちを 赦してくださいました。
32:6 あなたの慈しみに生きる人は皆 あなたを見いだしうる間にあなたに祈ります。大水が溢れ流れるときにも その人に及ぶことは決してありません。
主なる神様に背きの罪を赦された者は、何と幸いなことか。この詩篇の冒頭の言葉です。
しかし、そのためには、自分の罪を主に告白することが大切です。
もし、そこで「私のような罪深い者の罪は赦されないのでは・・・」などと思い、告白することを躊躇していたら、そこに赦しはありません。
いえ、必ず赦して頂けるという約束があるからこそ、私たちは大胆に神様に自分の罪を告白することができるのではないでしょうか。
叱られることがわかっているなら、なかなか謝りにくくても、必ず赦してもらえるということが最初からわかっているなら、謝ろうとする気持ちにもなることでしょう。
必ず赦して頂けるという確証は、イエス様の十字架によって示されています。
全ての罪は、神の一人子なるイエス・キリストの尊い命の犠牲によって、償われ、赦されるのです。
だから、安心して、主に自分の罪を告白し、イエス様の十字架の血潮によって赦しを頂くことができるのです。
何と幸いなことでしょうか。
詩篇32:11 神に従う人よ、主によって喜び躍れ。すべて心の正しい人よ、喜びの声をあげよ。