詩篇30篇 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

詩篇30:2 主よ、あなたをあがめます。あなたは敵を喜ばせることなく わたしを引き上げてくださいました。
30:3 わたしの神、主よ、叫び求めるわたしを あなたは癒してくださいました。
30:4 主よ、あなたはわたしの魂を陰府から引き上げ 墓穴に下ることを免れさせ わたしに命を得させてくださいました。
30:5 主の慈しみに生きる人々よ 主に賛美の歌をうたい 聖なる御名を唱え、感謝をささげよ。
30:6 ひととき、お怒りになっても 命を得させることを御旨としてくださる。泣きながら夜を過ごす人にも 喜びの歌と共に朝を迎えさせてくださる。

この詩篇の表題には、新共同訳聖書では「賛歌。神殿奉献の歌。ダビデの詩。」、新改訳聖書では「ダビデの賛歌。家を捧げる歌。」と記されていますが、内容的には、ごく個人的な歌であり、重症の病の中にあった者が、主の癒しの御業により回復していただいたことへの感謝の歌が綴られていると言えるでしょう。
このことは、正確なところはわかりませんが、もともと個人的な感謝の歌であったものを、後の時代の人々が、主の神殿を奉献する時の祈りに用いたのかもしれません。しかし、やや視点を広げて、イスラエルの民が困難の時代、苦しみの時代を経験し、そこから、主の導きによって、ようやく国の復興へと導かれ、最初の働きとして、主を礼拝するための神殿を建てようとしたことを思う時、彼らの生活の復興と、主の神殿の再建の業とは、密接に関わりを持つものであったということができるかもしれません。
いずれにしても、もともとはダビデの作とされた命の回復を神に感謝する賛歌が、主の家である神殿を建てる際に読まれる歌として用いられるようになっていったことは、とても興味ふかいことと言えるのではないでしょうか。

1コリント3:16 あなたがたは、自分が神の神殿であり、神の霊が自分たちの内に住んでいることを知らないのですか。

主の住まわれる神殿とは、何も、エルサレムにある神殿だけをいうのでもなく、むしろ、私たち主を信じる者一人一人が主の神殿であるということを覚え、この私の命が癒され、救われ、主の御言葉の約束によって永遠の命へと立て上げられていくときこそが、主の聖なる住まい、神殿の建て上げられることにほかならないのであり、この命を感謝して主にお捧げしながら生きていくことこそが、真の神殿奉献であることを覚えたいと思います。