詩篇12篇 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

詩篇12:2 主よ、お救いください。主の慈しみに生きる人は絶え 人の子らの中から 信仰のある人は消え去りました。
12:3 人は友に向かって偽りを言い 滑らかな唇、二心をもって話します。
12:4 主よ、すべて滅ぼしてください 滑らかな唇と威張って語る舌を。
12:5 彼らは言います。「舌によって力を振るおう。自分の唇は自分のためだ。わたしたちに主人などはない。」
12:6 主は言われます。「虐げに苦しむ者と 呻いている貧しい者のために 今、わたしは立ち上がり 彼らがあえぎ望む救いを与えよう。」
12:7 主の仰せは清い。土の炉で七たび練り清めた銀。
12:8 主よ、あなたはその仰せを守り この代からとこしえに至るまで わたしたちを見守ってくださいます。
12:9 主に逆らう者は勝手にふるまいます 人の子らの中に 卑しむべきことがもてはやされるこのとき。

最近、次男が妙な言い訳をするようになりました。
おとといの晩も、夜寝る前に、一緒にお祈りをしてあげたところ、しばらくして、「まだ祈ってない」と言って、ワンワン泣き出したのです。「どうしたの?さっきお祈りしたじゃない」と言うと「早すぎる」と言うような、わけのわからない言い訳をするのです。ちゃんと、ゆっくりお祈りしたし、短いお祈りでもないし、何がいけなかったのかと思ったら、どうやら、お母さんにお祈りして欲しかっただけのようです。
この次男だけは、時々、前後の脈絡のない言い訳をすることがあるので「嘘は言わないでね」と諭しているのですが、なかなか・・・。
子供にしてみれば、自分の願う通りにして欲しいと思って、あれこれと言い訳を考えるのでしょうが、それなら、最初から正直に言えば良いのに、と思ってしまいます。祈りつつ、きちんとお話しできるようになっていって欲しいと願っています。

さて、嘘、偽りに満ちた私たちの唇とは対照的に、主の御言葉は常に正しく、しかも、憐れみと慰めに満ちた言葉であると言えます。
そして、それは、土の炉で七度も練り清められて、ますます純化されていく銀のように、私たちに真実な愛を語りかけてくださいます。
昨晩も、ある方が、「神様がいつも共にいて下さるよ、あなたを決して見捨てないよ、と言って下さる御言葉を毎日読むと良いよ」と言っていらっしゃいましたが、本当にその通り、主の御言葉は、何度も何度も聞いて、ますます励まされていくものであることをおもいます。

主よ、今日も慰めの御言葉をお聞かせくださり、ありがとうございます。
あなたの命がけの愛に感謝し、主イエス・キリストの御名をたたえます。アーメン。