イザヤ60章 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

イザヤ60:15 かつてあなたは捨てられ、憎まれ 通り過ぎる者もなかったが 今、わたしはあなたをとこしえの誇り 代々の楽しみとする。
60:16 あなたは国々の乳に養われ 王たちを養う乳房に養われる。こうして、あなたは知るようになる 主なるわたしはあなたを救い、あなたを贖う者 ヤコブの力ある者であることを。

イザヤ60章には、長かった暗黒の時代が終わり、ついに、輝かしい新しい時代がやってきたことを告げる預言の言葉が記されていると言えます。
それは、かつて、諸国の民から見捨てられたイスラエルの復興と共に、そのイスラエルを立て直す偉大なるメシアの出現、そして、やがてこの復興のメッセージは、そのメシアの出現に伴って、最終的に、私たち一人一人の命の復興へと導かれていくであろうことが語られているようです。
地上での苦難に満ちた生涯、そしてやがて失われ行く、この命。
しかし、主なる神様は、この地上の命に勝る、永遠の命に造り替えて下さるという勝利の約束を与えて下さるのです。

イザヤ60:19 太陽は再びあなたの昼を照らす光とならず 月の輝きがあなたを照らすこともない。主があなたのとこしえの光となり あなたの神があなたの輝きとなられる。
60:20 あなたの太陽は再び沈むことなく あなたの月は欠けることがない。主があなたの永遠の光となり あなたの嘆きの日々は終わる。
60:21 あなたの民は皆、主に従う者となり とこしえに地を継ぎ わたしの植えた若木、わたしの手の業として 輝きに包まれる。

ここに記されている記述は、まさに、主なる神様の約束されている、栄光の御国、天のエルサレムの光景そのものと言えるでしょう。

黙示録21:22 わたしは、都の中に神殿を見なかった。全能者である神、主と小羊とが都の神殿だからである。
21:23 この都には、それを照らす太陽も月も、必要でない。神の栄光が都を照らしており、小羊が都の明かりだからである。
21:24 諸国の民は、都の光の中を歩き、地上の王たちは、自分たちの栄光を携えて、都に来る。
21:25 都の門は、一日中決して閉ざされない。そこには夜がないからである。
21:26 人々は、諸国の民の栄光と誉れとを携えて都に来る。
21:27 しかし、汚れた者、忌まわしいことと偽りを行う者はだれ一人、決して都に入れない。小羊の命の書に名が書いてある者だけが入れる。
22:1 天使はまた、神と小羊の玉座から流れ出て、水晶のように輝く命の水の川をわたしに見せた。
22:2 川は、都の大通りの中央を流れ、その両岸には命の木があって、年に十二回実を結び、毎月実をみのらせる。そして、その木の葉は諸国の民の病を治す。
22:3 もはや、呪われるものは何一つない。神と小羊の玉座が都にあって、神の僕たちは神を礼拝し、
22:4 御顔を仰ぎ見る。彼らの額には、神の名が記されている。
22:5 もはや、夜はなく、ともし火の光も太陽の光も要らない。神である主が僕たちを照らし、彼らは世々限りなく統治するからである。

天のエルサレム、栄光に輝く神の御国は、既に約束されたものであり、イエス・キリストの尊い十字架の贖いの故に、私たち一人一人に与えられる幸いな約束であることを覚え、感謝したいものです。