創世記46章 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

創世記46:1 イスラエルは、一家を挙げて旅立った。そして、ベエル・シェバに着くと、父イサクの神にいけにえをささげた。
46:2 その夜、幻の中で神がイスラエルに、「ヤコブ、ヤコブ」と呼びかけた。彼が、「はい」と答えると、
46:3 神は言われた。「わたしは神、あなたの父の神である。エジプトへ下ることを恐れてはならない。わたしはあなたをそこで大いなる国民にする。
46:4 わたしがあなたと共にエジプトへ下り、わたしがあなたを必ず連れ戻す。ヨセフがあなたのまぶたを閉じてくれるであろう。」

エジプトにいるヨセフのもとに身を寄せることになったヤコブ(イスラエル)に対し、主なる神様は、幻の中で、彼らの子孫を大いなる国民にすることと、ヤコブ自身は、息子ヨセフのもとで召されることを告げました。
激動の人生を送ってきたヤコブにとって、この言葉は、どれほど魂の安らぎを得ることのできる幸いな約束の言葉であっただろうかと思います。

私にも両親がいますが、最近の会話は、老後のお世話の話とか、お墓の話とか、そんな話題ばかりになってしまうのですが、しかし、そうのような会話ができるということは、親にとっては、安心できる要素なのではないかなあと思います。

このような類の話は、誰もが「縁起が悪い」などと言って、避けたがるものです。しかし、本当の平安とは、そのような問題にもしっかりと取り組んでいけることなのではないかと思うのです。
私はそういう意味で、聖書は人間の生と死の問題関わる重要な事柄に対して、真っ正直に応えてくれるものだと思います。

ヨハネ11:25 イエスは言われた。「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は、死んでも生きる。
11:26 生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。このことを信じるか。」

死後における永遠の命の約束。
これほど素晴らしい約束はありません。
あとは、信じるかどうかだけなのですが、私は信じます。
そうすることで、平安をいただけるのですから。