創世記36章31節には、まだイスラエルに王がなかった時、エドムには既に王が立てられていた事が記されています。王制を取り入れなければならないという事は、それだけ国が様々な危険にさらされていたという事なのかもしれません。一方、イスラエルには、まだ平和と安定が保たれていたのでしょう。あるいは、主なる神が唯一の指導者であるという事が明確であったのでしょう。主こそ我が王、我が救い主!今日も1日主と共に歩めますように。アーメン。