創世記29:30 こうして、ヤコブはラケルをめとった。ヤコブはレアよりもラケルを愛した。そして、更にもう七年ラバンのもとで働いた。
ヤコブがラケルと出会った時の出来事は、父イサクの僕が井戸の傍らでリベカに出会った時の出来事と良く似ているように見えます。
しかし、リベカがすんなりとイサクのもとに旅立ったのとは違い、ヤコブはラバンの娘ラケルを自分の妻としてめとるために、ラバンのもとで7年、さらに、もう7年の合計14年もの歳月を費やさなければなりませんでした。
正確なところはわかりませんが、ヤコブは、生まれる時から兄エサウのかかとをつかんでいたり、エサウを出し抜いて長男の権利を奪ったり、さらに、後に、祝福を得るために神と争って勝利して、その名をイスラエルと呼ばれるようになったりするなど、かなり執着心を持った、悪く言えば「しつこい」性格だったのではないかと思われます。
「しつこい」と言えば聞こえは悪いですが、よく言えば「忍耐強い」「粘り強い」人であるということでもあり、神に祈り求めるという点では、見習うべきところもあると言えるでしょう。
ルカ11:5 また、弟子たちに言われた。「あなたがたのうちのだれかに友達がいて、真夜中にその人のところに行き、次のように言ったとしよう。『友よ、パンを三つ貸してください。
11:6 旅行中の友達がわたしのところに立ち寄ったが、何も出すものがないのです。』
11:7 すると、その人は家の中から答えるにちがいない。『面倒をかけないでください。もう戸は閉めたし、子供たちはわたしのそばで寝ています。起きてあなたに何かをあげるわけにはいきません。』
11:8 しかし、言っておく。その人は、友達だからということでは起きて何か与えるようなことはなくても、しつように頼めば、起きて来て必要なものは何でも与えるであろう。
11:9 そこで、わたしは言っておく。求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。
11:10 だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。
11:11 あなたがたの中に、魚を欲しがる子供に、魚の代わりに蛇を与える父親がいるだろうか。
11:12 また、卵を欲しがるのに、さそりを与える父親がいるだろうか。
11:13 このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして天の父は求める者に聖霊を与えてくださる。」
あきらめないで祈り続けることは、とても大切なことであると言えるでしょう。ただ、自分の願いを押し付けるだけでなく、神様が一番良いと思われることをしていただけるよう、「御心」を祈り続けていくものでありたいですね。