創世記14:14 アブラムは、親族の者が捕虜になったと聞いて、彼の家で生まれた奴隷で、訓練を受けた者三百十八人を召集し、ダンまで追跡した。
14:15 夜、彼と僕たちは分かれて敵を襲い、ダマスコの北のホバまで追跡した。
14:16 アブラムはすべての財産を取り返し、親族のロトとその財産、女たちやそのほかの人々も取り戻した。
創世記14章には、エラムの王ケドルラオメルのもとに従っていた王たちのうちに分裂が生じ、ケドルラオメルに従う者と、背く者との間に戦争が始まったことが記されています。アブラムのおいのロトは、そのあおりを受けて、ケドルラオメル側の捕虜となってしまいます。
これに対し、アブラムは、わずか318人ほどの軍隊を率いてダマスコに進軍し、捕虜となっていたロトたちを解放し、略奪された全ての財産をも取り返すことに成功するのです。
ソドムやゴモラの王たちですら、なかなか勝利できなかった戦いを、アブラムは奇跡的に勝利したわけですが、それには、神様のお導きがあったからということが語られているのです。
創世記14:18 いと高き神の祭司であったサレムの王メルキゼデクも、パンとぶどう酒を持って来た。
14:19 彼はアブラムを祝福して言った。「天地の造り主、いと高き神にアブラムは祝福されますように。
14:20 敵をあなたの手に渡された いと高き神がたたえられますように。」アブラムはすべての物の十分の一を彼に贈った。
ここに登場する、いと高き神の祭司メルキゼデクは、聖書において、非常に重要な役割を担う人物として語られていて、ヘブル書においては「永遠の祭司」として、イエス・キリストを指し示すものとして語られています。
ヘブル5:6 また、神は他の個所で、「あなたこそ永遠に、メルキゼデクと同じような祭司である」と言われています。
5:7 キリストは、肉において生きておられたとき、激しい叫び声をあげ、涙を流しながら、御自分を死から救う力のある方に、祈りと願いとをささげ、その畏れ敬う態度のゆえに聞き入れられました。
5:8 キリストは御子であるにもかかわらず、多くの苦しみによって従順を学ばれました。
5:9 そして、完全な者となられたので、御自分に従順であるすべての人々に対して、永遠の救いの源となり、
5:10 神からメルキゼデクと同じような大祭司と呼ばれたのです。
創世記に登場する祭司メルキゼデクは、ごく簡単にアブラムを祝福し、アブラムから10分の1の捧げ物を受けたということしか記されていませんが、このようなヘブル書の記述を読むとき、まさにイエス様同様に、血のにじむような必死のとりなしの祈りを捧げ、アブラムの勝利のために祈っていたのではないかと思えてくるのです。
そして、アブラムが治めた大勝利は、まさに、私たちがイエス様のとりなしによって受けることのできる救いの事実を表しており、いと高き神の大祭司のとりなしの御業の素晴らしさを改めて感謝することができるのではないでしょうか。
いと高き神の大祭司は、今日も、あなたの働きのために血のにじむようなとりなしの祈りを捧げてくださいます。そして、死の虜になっている、あなたの愛する家族や友人たちを救出する働きを成し遂げて下さることでしょう。
どうぞ、このような主の大勝利をもたらして下さる神の大祭司、イエス・キリストに感謝し、喜びを共に分かち合っていくことができますように。