創世記13章1~18節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

創世記13:8 アブラムはロトに言った。「わたしたちは親類どうしだ。わたしとあなたの間ではもちろん、お互いの羊飼いの間でも争うのはやめよう。
13:9 あなたの前には幾らでも土地があるのだから、ここで別れようではないか。あなたが左に行くなら、わたしは右に行こう。あなたが右に行くなら、わたしは左に行こう。」
13:10 ロトが目を上げて眺めると、ヨルダン川流域の低地一帯は、主がソドムとゴモラを滅ぼす前であったので、ツォアルに至るまで、主の園のように、エジプトの国のように、見渡すかぎりよく潤っていた。
13:11 ロトはヨルダン川流域の低地一帯を選んで、東へ移って行った。こうして彼らは、左右に別れた。

アブラムは、おいのロトに、前方に広がるヨルダン川一帯の低地へ進むよう促します。もちろん、アブラムにとっても、良く潤った地を選びたかったにちがいありません。しかし、彼は、既に羊飼いたちの間で争いが生じていた事を重く受け止め、仮に、自分が低地に進んでいった場合、ロトたちが攻め込んでくることも想定していたのかもしれません。
そういう意味で、アブラムの取った行動は、非常に賢明な判断であっただろうと思うのですが、やはり、実際には、自分たちが選んだ土地は乾燥した台地であり、様々な不安を抱えていたことでしょう。
アブラムにとっては、かつて、主ご自身が彼に現われて「この地を与える」と言って下さった約束だけが頼りであったことでしょう。
しかし、結果的には、その約束の通り、生きていくには多くの困難が伴うであろうと思われていたアブラムのほうが祝福され、逆に、生きていくには好都合と思われていたロトの方が命の危険にさらされていくことになるのです。

私たちは、今目の前に見える、いかにも豊かで平安そうなものに目を奪われて、本当に大切な神様の命の約束を忘れてしまってはいないでしょうか。どんなに荒廃した、荒地のように見える場所であっても、主がそこをあなたに与え、祝福すると仰せられたのなら、必ずや、そこは、主の園のように祝福された場所となるであろうことを信じて生きていくことが大切なのでしょう。
あれもない、これもない、と言って嘆いてばかりいないで、「主がここに導いて下さった」「主が必ず私をも祝福して下さる」と、そう信じて、遣わされた場所で、与えられた務めを精一杯果たしていきたいものですね。