箴言29:15 懲らしめの杖は知恵を与える。放任されていた子は母の恥となる。
29:16 神に逆らう者が多くなると罪も増す。神に従う人は彼らの滅びるさまを見るであろう。
29:17 あなたの子を諭すなら、安心していられる。彼はあなたの魂に楽しみを与える。
「若いときの苦労は買うてもせよ」ということわざがあります。
若いときに多くの苦労を重ね、様々な経験を積んでいくことは、後の人生にとって、きっと有益なものとなるだろうということは、確かにその通りだと思います。
でも、苦労の真っ只中にある者にとっては、それはやはり、大変なことであることには違いありません。ですから、ただ、闇雲に苦労を強いるようなやり方をしているだけでは、早晩、つぶれてしまい、挫折してしまうことになりかねません。
苦労を重ねていく上で大切な事は、その苦労を乗り越えていくことによって得られるものをしっかりと見据えておくことであり、言い方を変えるなら、希望に到る苦労であるということが大切なのでしょう。
ローマ5:1 このように、わたしたちは信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストによって神との間に平和を得ており、
5:2 このキリストのお陰で、今の恵みに信仰によって導き入れられ、神の栄光にあずかる希望を誇りにしています。
5:3 そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、
5:4 忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。
5:5 希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです。
今の苦労が忍耐を生み、その忍耐が練達を、練達が希望を生み出すことを知っているからこそ、私たちは苦労をも甘んじて受けるのであり、苦労から生み出されていく希望が、主イエス・キリストにある永遠の命に与ることのできる大きな大きな幸いの約束であるからこそ、今の時代における苦労をも乗り越えていくことができる、と思うのです。
私たち人間は弱いものですから、この希望を見据えておかなければ、どんな苦労をも乗り越えて行くことはできないでしょう。
だからこそ、主イエス・キリストにある永遠の命の希望が大切であるということを覚えておきたいものです。