箴言12:5 正しい人の計画することは公正で、悪者の指導には欺きがある。
12:6 悪者のことばは血に飢えている。しかし正しい者の口は彼らを救い出す。
正しい人は、公正に物事を考え、命を救うために行動します。
一方、悪者は、ものごとを不正に捉え、いえ、不正と言うより、実に巧妙に「自分のために」益となるように行動します。
このような考え方の全く違う者が対話をすれば、意見が食い違ってしまうのは当然なのでしょう。
ヨハネ福音書における、イエス様とパリサイ人たちとの問答を思い起こします。
ヨハネ8:42 イエスは言われた。「神がもしあなたがたの父であるなら、あなたがたはわたしを愛するはずです。なぜなら、わたしは神から出て来てここにいるからです。わたしは自分で来たのではなく、神がわたしを遣わしたのです。
8:43 あなたがたは、なぜわたしの話していることがわからないのでしょう。それは、あなたがたがわたしのことばに耳を傾けることができないからです。
8:44 あなたがたは、あなたがたの父である悪魔から出た者であって、あなたがたの父の欲望を成し遂げたいと願っているのです。悪魔は初めから人殺しであり、真理に立ってはいません。彼のうちには真理がないからです。彼が偽りを言うときは、自分にふさわしい話し方をしているのです。なぜなら彼は偽り者であり、また偽りの父であるからです。
8:45 しかし、このわたしは真理を話しているために、あなたがたはわたしを信じません。
8:46 あなたがたのうちだれか、わたしに罪があると責める者がいますか。わたしが真理を話しているなら、なぜわたしを信じないのですか。
8:47 神から出た者は、神のことばに聞き従います。ですから、あなたがたが聞き従わないのは、あなたがたが神から出た者でないからです。」
神の御言葉に耳を傾けようとせず、それを信じようとしないのは、人が己の欲望を満たし、自分の都合を優先しようとする、いわゆる、罪の性質によるものであり、それを正当化して神に敵対する者は、悪の支配下にある者と言わざるをえません。
しかし、イエス様は、ご自分の命を十字架に捧げられることによって、私たちの一切の罪を償い、復活を通して、信じる全ての者に永遠の命を与えるという約束をして下さったお方。
この方こそ、本当に正しいお方、私たちを救って下さる救い主。
このお方の救いのご計画によって、命ある者としていただいたことを感謝いたします。