箴言1章1~33節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

箴言1:17 鳥がみな見ているところで、網を張っても、むだなことだ。
1:18 彼らは待ち伏せして自分の血を流し、自分のいのちを、こっそり、ねらっているのにすぎない。
1:19 利得をむさぼる者の道はすべてこのようだ。こうして、持ち主のいのちを取り去ってしまう。

我が家の庭には、野鳥たちのためにバードフィーダー(餌台)が設置してあります。そして、時々、小鳥たちに餌をあげています。ほとんどがすずめたちですが、彼らもこれを楽しみにしているようです。
彼らの気配が全く感じられない時もありますが、餌をあげると、すぐに、どこからか飛んできて、ついばみ始めます。時には、私たちが餌をあげている最中も、電線の上で待ちわびていることもあります。
鳥目とは言うものの、良く見えているものです。(もちろん、私たちは、彼らを捕まえようとして餌をあげているわけではありませんが・・・。)

マタイ16:25 いのちを救おうと思う者はそれを失い、わたしのためにいのちを失う者は、それを見いだすのです。
16:26 人は、たとい全世界を手に入れても、まことのいのちを損じたら、何の得がありましょう。そのいのちを買い戻すのには、人はいったい何を差し出せばよいでしょう。

むさぼりは、大きな罪です。
この世での欲望と引き換えに、最も大事な命を失うとしたら、なんと悲しいことでしょうか。
神様は、常に私たちの生き様をご覧になっておられます。
神様を悲しませるような生き方から離れ、真実な命を得る道、イエス様の十字架の贖いによる罪の赦しと命の約束を信頼して歩み続けていきたいものですね。