ヘブル4章14節~5章10節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ヘブル4:14 さて、私たちのためには、もろもろの天を通られた偉大な大祭司である神の子イエスがおられるのですから、私たちの信仰の告白を堅く保とうではありませんか。
4:15 私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです。
4:16 ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。

本日は、イエス様が十字架のお苦しみを受けられたことを記念する、受苦日です。
イエス様がお受けになられたお苦しみ、それは、まさに、弱く小さな、この私に対する憐れみの心の現われであり、私を救うための、神様からの大いなる恵みそのものです。
こんなちっぽけな私を救うために、イエス様ご自身が犠牲になられたということを思うとき、なんとも畏れ多いことのように思ってしまいますが、そういう気持ちは、かえってイエス様の十字架を無にする考えであり、イエス様に対する不信仰な態度となってしまいます。
それよりも、むしろ、「私には、もうイエス様しかいない。イエス様の十字架しか、この私を救いうるものはない」という気持ちで、喜んでイエス様にすがることの方が大切なのでしょう。

イザヤ53:4 まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。だが、私たちは思った。彼は罰せられ、神に打たれ、苦しめられたのだと。
53:5 しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。

主イエス様のお苦しみは、この私のためであり、それによって、私は癒されました。
ですから、ますます大胆に、イエス様の十字架の贖いの御業に信頼し、ますますイエス様に頼る生き方を続けて行きたいと願っています。