マタイ26章47~56節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

マタイ福音書26章47節以下の箇所には、イエス様が兵士たちに捕らえられた時のことが記されています。

マタイ26:52 そのとき、イエスは彼に言われた。「剣をもとに納めなさい。剣を取る者はみな剣で滅びます。
26:53 それとも、わたしが父にお願いして、十二軍団よりも多くの御使いを、今わたしの配下に置いていただくことができないとでも思うのですか。
26:54 だが、そのようなことをすれば、こうならなければならないと書いてある聖書が、どうして実現されましょう。」

イエス様は、天の軍勢を呼んで、ご自分の身を守ろうと思えばできたはずなのに、そうはなさらず、あえて、ご自分の身を兵士たちの手にお渡しになられました。
それは何故でしょうか。それは、聖書に書かれている事が実現するためでした。
聖書に書かれている事柄、それは、罪と死の奴隷の中にどうすることもできないでいる憐れな私たち人間を、真の愛の神であられる主が、いけにえの犠牲を捧げることによって救い出すというものです。
しかも、そのいけにえとは、神の御子イエス・キリストの命であり、完全な義であり、永遠の愛であられるお方の命が、この私の救いのために捧げられるのです。
イエス様は、そのために、あえて神の全能の力を行使されることなく、静かに兵士たちの手に渡され、十字架の死へと歩んでいかれました。

この私のために・・・。


どうか、このような尊い犠牲をもって、私たち人間を罪と死の支配から開放し、助け出して下さる主を、あなたの神として受け留めることができますように。
そこに、確かな救いがあるのですから。