マタイ8:19 そのとき、ある律法学者が近づいて、「先生、あなたがおいでになる所なら、どこへでも従って参ります」と言った。
8:20 イエスは言われた。「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが、人の子には枕する所もない。」
人の子には枕する所もない。
たったこれだけの表現からも、イエス様の想像を絶するほどに凄まじい苦難の生涯への覚悟が読み取れます。
イエス様は、十字架にかけられて殺される前の夜、ゲッセマネの園で、苦しみながら私たち人類の救いのために夜を徹して祈り続けて下さいました。
しかし、弟子たちは、イエス様のすぐそばにいながら、目を覚まし続けていることがでなかったのです。
ましてや、私たちのような凡人が一睡もせずに、目を覚まし続けていられようはずなどありません。
私たちは弱い存在です。イエス様に従って生きていけるような力があるとは思ってはなりません。しかし、従うのです。それは、イエス様に全てを任せるという方法でのみ、従っていくことのできる生き方です。
「私には何もできません。でも、そのために、イエス様が十字架で死んで下さったことに信頼し、全てを主にお委ねします。」そういう信仰こそ、主に従うということなのではないでしょうか。
私の中にある思いあがった心も砕いて下さる主に感謝します。