マタイ6章22~23節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

マタイ6:22 「体のともし火は目である。目が澄んでいれば、あなたの全身が明るいが、
6:23 濁っていれば、全身が暗い。だから、あなたの中にある光が消えれば、その暗さはどれほどであろう。」

全くその通り、アーメンです。
ところで、ここで「目が澄んでいる」と記されている箇所には、もともと「単一である」とか「単純である」、あるいは「純粋である」と言った意味を表す言葉が用いられており、単に、目が良く見えるというような意味ではなく、むしろ、心が素直な状態、正直に物事を考え、誠実に対処していくことのできる健全な状態を表すものであることが伺えます。
つまり、物事を見極め、正しく判断する心が澄んでいれば、世の中の全ての出来事も正しく認識することができ、健全な生き方を送る事ができるということを言わんとしているのでしょう。

そして、最もたいせつなことは「素直」な心でいること。素直な心で神様を信じ、純粋な心で聖書の御言葉に従っていくとき、それが最も健全な生き方であるということを覚えたいものです。