歴代誌下34章1~7節、詩篇71篇1~6節、使徒10章44~48節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

歴代誌下 34:1 ヨシヤは八歳で王となり、三十一年間エルサレムで王位にあった。
34:2 彼は主の目にかなう正しいことを行い、父祖ダビデの道を歩み、右にも左にもそれなかった。
34:3 その治世の第八年、彼がまだ若かったときに、父祖ダビデの神を求めることを始め、第十二年に聖なる高台、アシェラ像、彫像、鋳物の像を取り除き、ユダとエルサレムを清め始めた。
34:4 人々は彼の前でバアルの祭壇を壊し、彼はその上にあった香炉台を切り倒した。彼はアシェラ像をはじめ、彫像、鋳物の像を粉々に打ち砕き、これらにいけにえをささげた者たちの墓の上にまき散らした。
34:5 彼はまた祭司たちの骨をその祭壇の上で焼き、ユダとエルサレムを清めた。
34:6 マナセ、エフライム、シメオン、更にナフタリにまで及ぶ地方の町々でも、その周りの荒れた地方でも、
34:7 イスラエルの国中で彼は異教の祭壇やアシェラ像を取り壊し、偶像を打ち砕いて粉々にし、香炉台をすべて切り倒して、エルサレムに帰った。

詩篇 71:1 主よ、御もとに身を寄せます。とこしえに恥に落とすことなく
71:2 恵みの御業によって助け、逃れさせてください。あなたの耳をわたしに傾け、お救いください。
71:3 常に身を避けるための住まい、岩となり わたしを救おうと定めてください。あなたはわたしの大岩、わたしの砦。
71:4 わたしの神よ、あなたに逆らう者の手から 悪事を働く者、不法を働く者の手から わたしを逃れさせてください。
71:5 主よ、あなたはわたしの希望。主よ、わたしは若いときからあなたに依り頼み
71:6 母の胎にあるときから あなたに依りすがって来ました。あなたは母の腹から わたしを取り上げてくださいました。わたしは常にあなたを賛美します。

使徒 10:44 ペトロがこれらのことをなおも話し続けていると、御言葉を聞いている一同の上に聖霊が降った。
10:45 割礼を受けている信者で、ペトロと一緒に来た人は皆、聖霊の賜物が異邦人の上にも注がれるのを見て、大いに驚いた。
10:46 異邦人が異言を話し、また神を賛美しているのを、聞いたからである。そこでペトロは、
10:47 「わたしたちと同様に聖霊を受けたこの人たちが、水で洗礼を受けるのを、いったいだれが妨げることができますか」と言った。
10:48 そして、イエス・キリストの名によって洗礼を受けるようにと、その人たちに命じた。それから、コルネリウスたちは、ペトロになお数日滞在するようにと願った。



神を信じるとはどういうことか。
ただ、神が存在する事を信じているだけではなく、その神のみ旨を知り、御心に適う生き方へと変えられていって始めて神を信じていると言えるのだろう。
聖霊様は私たちに神のことについて教えて下さるし、神の御心に適う生き方へと導いて下さる。
そして、主なる神こそ私たちの真の主であることを教えてくれる。
自分のことは全て自分で考え、自分で決め、自分のために行っているのなら、自分自身が主であるが、神を主とする者はそうではない。
神が主であるなら、私を動かすお方は主なる神である。
ある人が「自分は神を信じているから、それでいいだろう」と言うかもしれないが、本当に信じるということは、聖書に語られていることを全て受け入れていくはずである。
洗礼を受け、教会に集い、祈り、賛美し、宣教の働きにも、たとえそれが微力でも関わっていく。
主がそれを私たちに求めているし、そうならせて下さるのである。
独りよがりの信仰は、それは本当の信仰ではない。
主が共におられる、そして、その主こそ「イエスこそわが主、わが救い主」であることを覚えたい。