アモス8章4~12節、イザヤ12章2~6節、2コリント9章1~15節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

アモス 8:4 このことを聞け。貧しい者を踏みつけ 苦しむ農民を押さえつける者たちよ。
8:5 お前たちは言う。「新月祭はいつ終わるのか、穀物を売りたいものだ。安息日はいつ終わるのか、麦を売り尽くしたいものだ。エファ升は小さくし、分銅は重くし、偽りの天秤を使ってごまかそう。
8:6 弱い者を金で、貧しい者を靴一足の値で買い取ろう。また、くず麦を売ろう。」
8:7 主はヤコブの誇りにかけて誓われる。「わたしは、彼らが行ったすべてのことを いつまでも忘れない。」
8:8 このために、大地は揺れ動かないだろうか。そこに住む者は皆、嘆き悲しまないだろうか。大地はことごとくナイルのように盛り上がり エジプトの大河のように押し上げられ また、沈まないだろうか。
8:9 その日が来ると、と主なる神は言われる。わたしは真昼に太陽を沈ませ 白昼に大地を闇とする。
8:10 わたしはお前たちの祭りを悲しみに 喜びの歌をことごとく嘆きの歌に変え どの腰にも粗布をまとわせ どの頭の髪の毛もそり落とさせ 独り子を亡くしたような悲しみを与え その最期を苦悩に満ちた日とする。
8:11 見よ、その日が来ればと 主なる神は言われる。わたしは大地に飢えを送る。それはパンに飢えることでもなく 水に渇くことでもなく 主の言葉を聞くことのできぬ飢えと渇きだ。
8:12 人々は海から海へと巡り 北から東へとよろめき歩いて 主の言葉を探し求めるが 見いだすことはできない。

イザヤ 12:2 見よ、わたしを救われる神。わたしは信頼して、恐れない。主こそわたしの力、わたしの歌 わたしの救いとなってくださった。」
12:3 あなたたちは喜びのうちに 救いの泉から水を汲む。
12:4 その日には、あなたたちは言うであろう。「主に感謝し、御名を呼べ。諸国の民に御業を示し 気高い御名を告げ知らせよ。
12:5 主にほめ歌をうたえ。主は威厳を示された。全世界にその御業を示せ。
12:6 シオンに住む者よ 叫び声をあげ、喜び歌え。イスラエルの聖なる方は あなたたちのただ中にいます大いなる方。」

2コリント 9:1 聖なる者たちへの奉仕について、これ以上書く必要はありません。
9:2 わたしはあなたがたの熱意を知っているので、アカイア州では去年から準備ができていると言って、マケドニア州の人々にあなたがたのことを誇りました。あなたがたの熱意は多くの人々を奮い立たせたのです。
9:3 わたしが兄弟たちを派遣するのは、あなたがたのことでわたしたちが抱いている誇りが、この点で無意味なものにならないためです。また、わたしが言ったとおり用意していてもらいたいためです。
9:4 そうでないと、マケドニア州の人々がわたしと共に行って、まだ用意のできていないのを見たら、あなたがたはもちろん、わたしたちも、このように確信しているだけに、恥をかくことになりかねないからです。
9:5 そこで、この兄弟たちに頼んで一足先にそちらに行って、以前あなたがたが約束した贈り物の用意をしてもらうことが必要だと思いました。渋りながらではなく、惜しまず差し出したものとして用意してもらうためです。
9:6 つまり、こういうことです。惜しんでわずかしか種を蒔かない者は、刈り入れもわずかで、惜しまず豊かに蒔く人は、刈り入れも豊かなのです。
9:7 各自、不承不承ではなく、強制されてでもなく、こうしようと心に決めたとおりにしなさい。喜んで与える人を神は愛してくださるからです。
9:8 神は、あなたがたがいつもすべての点ですべてのものに十分で、あらゆる善い業に満ちあふれるように、あらゆる恵みをあなたがたに満ちあふれさせることがおできになります。
9:9 「彼は惜しみなく分け与え、貧しい人に施した。彼の慈しみは永遠に続く」と書いてあるとおりです。
9:10 種を蒔く人に種を与え、パンを糧としてお与えになる方は、あなたがたに種を与えて、それを増やし、あなたがたの慈しみが結ぶ実を成長させてくださいます。
9:11 あなたがたはすべてのことに富む者とされて惜しまず施すようになり、その施しは、わたしたちを通じて神に対する感謝の念を引き出します。
9:12 なぜなら、この奉仕の働きは、聖なる者たちの不足しているものを補うばかりでなく、神に対する多くの感謝を通してますます盛んになるからです。
9:13 この奉仕の業が実際に行われた結果として、彼らは、あなたがたがキリストの福音を従順に公言していること、また、自分たちや他のすべての人々に惜しまず施しを分けてくれることで、神をほめたたえます。
9:14 更に、彼らはあなたがたに与えられた神のこの上なくすばらしい恵みを見て、あなたがたを慕い、あなたがたのために祈るのです。
9:15 言葉では言い尽くせない贈り物について神に感謝します。


コリントの手紙には、教会の働きをサポートするために捧げられる献金についての心構えなどが語られている。
「渋りながらではなく、惜しまず差し出し」「各自、不承不承ではなく、強制されてでもなく、喜んで与える人」となるように、勧められている。
全ての恵みは神から与えられたものであるし、惜しんだり、自分の都合ばかり考えているような人は、結果的に神の祝福を自ら放棄しているようなものであると言えるだろう。
「惜しんでわずかしか種を蒔かない者は、刈り入れもわずかで、惜しまず豊かに蒔く人は、刈り入れも豊か」であり「種を蒔く人に種を与え、パンを糧としてお与えになる方は、あなたがたに種を与えて、それを増やし、あなたがたの慈しみが結ぶ実を成長させてくださる」のである。
そこには、神の祝福が約束されている。
人に与えることは、自分の持ちものが減るということだけではなく、神からの祝福を受ける、ということを覚えたい。
なぜなら、イエス様がそういうお方だからである。
イエス様は御自分の命を十字架に捧げられたが、それによって、多くの人の命を救ったのである。

ローマ5:17 一人の罪によって、その一人を通して死が支配するようになったとすれば、なおさら、神の恵みと義の賜物とを豊かに受けている人は、一人のイエス・キリストを通して生き、支配するようになるのです。

自分のことだけ考えて滅びゆくような者とならず、キリストにある恵みと命の支配のもと、豊かに祝福された人生を歩んでいきたいものである。