ダニエル8章1~14節、詩篇13篇、ヘブル10章26~31節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ダニエル 8:1 わたしダニエルは先にも幻を見たが、その後ベルシャツァル王の治世第三年に、また幻を見た。
8:2 その幻の中にあって、見るとわたしはエラム州の都スサにおり、ウライ川のほとりにいるようであった。
8:3 目を上げて眺めると、見よ、一頭の雄羊が川岸に立っていた。二本の角が生えていたが共に長く、一本は他の一本より更に長くて、後ろの方に生えていた。
8:4 見ていると、この雄羊は西、北、南に向かって突進し、これにかなう獣は一頭もなく、その力から救い出すものもなく、雄羊はほしいままに、また、高慢にふるまい、高ぶった。
8:5 これについて考えていると、見よ、西から一頭の雄山羊が全地の上を飛ぶような勢いで進んで来た。その額には際立った一本の角が生えていた。
8:6 この雄山羊は先に見た川岸に立っている二本の角のある雄羊に向かって、激しい勢いで突進した。
8:7 みるみるうちに雄山羊は雄羊に近づき、怒りに燃えてこれを打ち倒し、その二本の角を折ったが、雄羊には抵抗する力がなかった。雄山羊はこれを地に投げ打ち、踏みにじった。その力から雄羊を救い出すものはなかった。
8:8 雄山羊は非常に尊大になったが、力の極みで角は折れ、その代わりに四本の際立った角が生えて天の四方に向かった。
8:9 そのうちの一本からもう一本の小さな角が生え出て、非常に強大になり、南へ、東へ、更にあの「麗しの地」へと力を伸ばした。
8:10 これは天の万軍に及ぶまで力を伸ばし、その万軍、つまり星のうちの幾つかを地に投げ落とし、踏みにじった。
8:11 その上、天の万軍の長にまで力を伸ばし、日ごとの供え物を廃し、その聖所を倒した。
8:12 また、天の万軍を供え物と共に打ち倒して罪をはびこらせ、真理を地になげうち、思うままにふるまった。
8:13 わたしは一人の聖なる者が語るのを聞いた。またもう一人の聖なる者がその語っている者に言った。「この幻、すなわち、日ごとの供え物が廃され、罪が荒廃をもたらし、聖所と万軍とが踏みにじられるというこの幻の出来事は、いつまで続くのか。」
8:14 彼は続けた。「日が暮れ、夜の明けること二千三百回に及んで、聖所はあるべき状態に戻る。」

詩篇 13:1  指揮者によって。賛歌。ダビデの詩。
13:2 いつまで、主よ わたしを忘れておられるのか。いつまで、御顔をわたしから隠しておられるのか。
13:3 いつまで、わたしの魂は思い煩い 日々の嘆きが心を去らないのか。いつまで、敵はわたしに向かって誇るのか。
13:4 わたしの神、主よ、顧みてわたしに答え わたしの目に光を与えてください 死の眠りに就くことのないように
13:5 敵が勝ったと思うことのないように わたしを苦しめる者が 動揺するわたしを見て喜ぶことのないように。
13:6 あなたの慈しみに依り頼みます。わたしの心は御救いに喜び躍り 主に向かって歌います 「主はわたしに報いてくださった」と。

ヘブル 10:26 もし、わたしたちが真理の知識を受けた後にも、故意に罪を犯し続けるとすれば、罪のためのいけにえは、もはや残っていません。
10:27 ただ残っているのは、審判と敵対する者たちを焼き尽くす激しい火とを、恐れつつ待つことだけです。
10:28 モーセの律法を破る者は、二、三人の証言に基づいて、情け容赦なく死刑に処せられます。
10:29 まして、神の子を足げにし、自分が聖なる者とされた契約の血を汚れたものと見なし、その上、恵みの霊を侮辱する者は、どれほど重い刑罰に値すると思いますか。
10:30 「復讐はわたしのすること、わたしが報復する」と言い、また、「主はその民を裁かれる」と言われた方を、わたしたちは知っています。
10:31 生ける神の手に落ちるのは、恐ろしいことです。


地上の世界に起きることは、残念ながら人間のよこしまな思いにより、あらゆることが罪の力によってゆがめられていく。
この世界は悪が支配し、悲惨な光景が広がっていても、それは起こりうることが起きているだけであり、人間が生きている限り、それは避けられないことなのかもしれない。
しかし、神さまは何もせず放置しておられるわけではなく、時が満ちれば、なすべき御業を現わされることが聖書に語られている。
ただそれは、あらゆる人の悪が一掃され、地上に神の王国が建て上げられる、というのとは少し違っていて、どちらかと言うと、この世界は滅び、新しい世界に変えられるということのようである。
だから、あまりこの世界の事柄に執着し過ぎないように心がけておいた方がいいかもしれない。
もちろん、困った人がいれば助けてあげるべきだし、できる限り、平穏で幸いな世の中になることを願うけれども、人の欲望を満たすだけの世界もまたいびつなものといえるだろう。
この地上の世界は永続はしないけれど、人の命と存在は神によって、神の贖いと救いの御業によって永遠に保証される。
御子イエス様の十字架と復活によって与えられる命と救いの約束に心を留めて、その上で、この世界において平安のうちに、幸いな歩みを続けられることを願う。