ルツ記1章1~22節、詩篇94篇、1テモテ5章1~8節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ルツ記 1:1 士師が世を治めていたころ、飢饉が国を襲ったので、ある人が妻と二人の息子を連れて、ユダのベツレヘムからモアブの野に移り住んだ。
1:2 その人は名をエリメレク、妻はナオミ、二人の息子はマフロンとキルヨンといい、ユダのベツレヘム出身のエフラタ族の者であった。彼らはモアブの野に着き、そこに住んだ。
1:3 夫エリメレクは、ナオミと二人の息子を残して死んだ。
1:4 息子たちはその後、モアブの女を妻とした。一人はオルパ、もう一人はルツといった。十年ほどそこに暮らしたが、
1:5 マフロンとキルヨンの二人も死に、ナオミは夫と二人の息子に先立たれ、一人残された。
1:6 ナオミは、モアブの野を去って国に帰ることにし、嫁たちも従った。主がその民を顧み、食べ物をお与えになったということを彼女はモアブの野で聞いたのである。
1:7 ナオミは住み慣れた場所を後にし、二人の嫁もついて行った。
1:7 故国ユダに帰る道すがら、
1:8 ナオミは二人の嫁に言った。「自分の里に帰りなさい。あなたたちは死んだ息子にもわたしにもよく尽くしてくれた。どうか主がそれに報い、あなたたちに慈しみを垂れてくださいますように。
1:9 どうか主がそれぞれに新しい嫁ぎ先を与え、あなたたちが安らぎを得られますように。」ナオミが二人に別れの口づけをすると、二人は声をあげて泣いて、
1:10 言った。「いいえ、御一緒にあなたの民のもとへ帰ります。」
1:11 ナオミは言った。「わたしの娘たちよ、帰りなさい。どうしてついて来るのですか。あなたたちの夫になるような子供がわたしの胎内にまだいるとでも思っているのですか。
1:12 わたしの娘たちよ、帰りなさい。わたしはもう年をとって、再婚などできはしません。たとえ、まだ望みがあると考えて、今夜にでもだれかのもとに嫁ぎ、子供を産んだとしても、
1:13 その子たちが大きくなるまであなたたちは待つつもりですか。それまで嫁がずに過ごすつもりですか。わたしの娘たちよ、それはいけません。あなたたちよりもわたしの方がはるかにつらいのです。主の御手がわたしに下されたのですから。」
1:14 二人はまた声をあげて泣いた。オルパはやがて、しゅうとめに別れの口づけをしたが、ルツはすがりついて離れなかった。
1:15 ナオミは言った。「あのとおり、あなたの相嫁は自分の民、自分の神のもとへ帰って行こうとしている。あなたも後を追って行きなさい。」
1:16 ルツは言った。「あなたを見捨て、あなたに背を向けて帰れなどと、そんなひどいことを強いないでください。わたしは、あなたの行かれる所に行き お泊まりになる所に泊まります。あなたの民はわたしの民 あなたの神はわたしの神。
1:17 あなたの亡くなる所でわたしも死に そこに葬られたいのです。死んでお別れするのならともかく、そのほかのことであなたを離れるようなことをしたなら、主よ、どうかわたしを幾重にも罰してください。」
1:18 同行の決意が固いのを見て、ナオミはルツを説き伏せることをやめた。
1:19 二人は旅を続け、ついにベツレヘムに着いた。
1:19 ベツレヘムに着いてみると、町中が二人のことでどよめき、女たちが、ナオミさんではありませんかと声をかけてくると、
1:20 ナオミは言った。「どうか、ナオミ(快い)などと呼ばないで、マラ(苦い)と呼んでください。全能者がわたしをひどい目に遭わせたのです。
1:21 出て行くときは、満たされていたわたしを 主はうつろにして帰らせたのです。なぜ、快い(ナオミ)などと呼ぶのですか。主がわたしを悩ませ 全能者がわたしを不幸に落とされたのに。」
1:22 ナオミはこうして、モアブ生まれの嫁ルツを連れてモアブの野を去り、帰って来た。二人がベツレヘムに着いたのは、大麦の刈り入れの始まるころであった。

詩篇 94:1 主よ、報復の神として 報復の神として顕現し
94:2 全地の裁き手として立ち上がり 誇る者を罰してください。
94:3 主よ、逆らう者はいつまで 逆らう者はいつまで、勝ち誇るのでしょうか。
94:4 彼らは驕った言葉を吐き続け 悪を行う者は皆、傲慢に語ります。
94:5 主よ、彼らはあなたの民を砕き あなたの嗣業を苦しめています。
94:6 やもめや寄留の民を殺し みなしごを虐殺します。
94:7 そして、彼らは言います 「主は見ていない。ヤコブの神は気づくことがない」と。
94:8 民の愚かな者よ、気づくがよい。無知な者よ、いつになったら目覚めるのか。
94:9 耳を植えた方に聞こえないとでもいうのか。目を造った方に見えないとでもいうのか。
94:10 人間に知識を与え、国々を諭す方に 論じることができないとでもいうのか。
94:11 主は知っておられる、人間の計らいを それがいかに空しいかを。
94:12 いかに幸いなことでしょう 主よ、あなたに諭され あなたの律法を教えていただく人は。
94:13 その人は苦難の襲うときにも静かに待ちます。神に逆らう者には、滅びの穴が掘られています。
94:14 主は御自分の民を決しておろそかになさらず 御自分の嗣業を見捨てることはなさいません。
94:15 正しい裁きは再び確立し 心のまっすぐな人は皆、それに従うでしょう。
94:16 災いをもたらす者に対して わたしのために立ち向かい 悪を行う者に対して わたしに代わって立つ人があるでしょうか。
94:17 主がわたしの助けとなってくださらなければ わたしの魂は沈黙の中に伏していたでしょう。
94:18 「足がよろめく」とわたしが言ったとき 主よ、あなたの慈しみが支えてくれました。
94:19 わたしの胸が思い煩いに占められたとき あなたの慰めが わたしの魂の楽しみとなりました。
94:20 破滅をもたらすのみの王座 掟を悪用して労苦を作り出すような者が あなたの味方となりえましょうか。
94:21 彼らは一団となって神に従う人の命をねらい 神に逆らって潔白な人の血を流そうとします。
94:22 主は必ずわたしのために砦の塔となり わたしの神は避けどころとなり 岩となってくださいます。
94:23 彼らの悪に報い 苦難をもたらす彼らを滅ぼし尽くしてください。わたしたちの神、主よ 彼らを滅ぼし尽くしてください。

1テモテ 5:1 老人を叱ってはなりません。むしろ、自分の父親と思って諭しなさい。若い男は兄弟と思い、
5:2 年老いた婦人は母親と思い、若い女性には常に清らかな心で姉妹と思って諭しなさい。
5:3 身寄りのないやもめを大事にしてあげなさい。
5:4 やもめに子や孫がいるならば、これらの者に、まず自分の家族を大切にし、親に恩返しをすることを学ばせるべきです。それは神に喜ばれることだからです。
5:5 身寄りがなく独り暮らしのやもめは、神に希望を置き、昼も夜も願いと祈りを続けますが、
5:6 放縦な生活をしているやもめは、生きていても死んでいるのと同然です。
5:7 やもめたちが非難されたりしないように、次のことも命じなさい。
5:8 自分の親族、特に家族の世話をしない者がいれば、その者は信仰を捨てたことになり、信者でない人にも劣っています。



ルツ記に記されているナオミは、厳しい飢饉の最中、異国のモアブに逃れたものの、そこで夫エリメレクに先立たれてしまい、女手一つで二人の息子を育てていった。
やがて、二人の息子にそれぞれ妻が与えられるものの、その二人の息子にも先立たれてしまい、姑と嫁二人だけが残されてしまうのである。
ナオミの生涯は、まさに試練の連続であり、祖国に帰った時には「どうか、ナオミ(快い)などと呼ばないで、マラ(苦い)と呼んでください。全能者がわたしをひどい目に遭わせたのです。」と述べるほどであった。
しかし、そんなナオミの生き様を間近で見ていた嫁のルツは、姑のナオミを見捨てることはせず、ナオミと共にイスラエルの地へ向かう事となるのであるが、ルツにとってはイスラエルは見知らぬ異国の地であり、いくら飢饉が過ぎ去ったとはいえ、厳しい生活を強いられることは、火を見るより明らかであったはずである。
しかしルツはナオミと共に歩むことを選んだ。
ところが、人間万事塞翁が馬ではないが、ルツがナオミと共にイスラエルへ渡ったことにより、彼女は後にボアズと結ばれ、祝福された人生を歩むこととなり、その子孫にダビデが生まれるのである。
もしルツがナオミと共に生きることを選んでいなかったら、その後の聖書の歴史はガラッと変わっていたかもしれない。
歴史に「もし」はないけれど、実に不思議なものである。
翻って、今日の私たちの選択が、後の歴史を大きく変えていくのならば、私たちは今日どういう選択をすべきであろう。
おそらく、それほど難しいことではなく、今目の前にいる隣人と共に歩み、その人の助けとなる生き方を模索して行けばよい。
助けてあげようなどとおこがましく思わなくとも、そばにいて、そっと寄り添っていれば、自ずと何をすべきかが見えてくるだろう。

1コリント7:17 おのおの主から分け与えられた分に応じ、それぞれ神に召されたときの身分のままで歩みなさい。これは、すべての教会でわたしが命じていることです。