創世記14章17~24節、詩篇91篇9~16節、ローマ15章7~13節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

創世記 14:17 アブラムがケドルラオメルとその味方の王たちを撃ち破って帰って来たとき、ソドムの王はシャベの谷、すなわち王の谷まで彼を出迎えた。
14:18 いと高き神の祭司であったサレムの王メルキゼデクも、パンとぶどう酒を持って来た。
14:19 彼はアブラムを祝福して言った。「天地の造り主、いと高き神に アブラムは祝福されますように。
14:20 敵をあなたの手に渡された いと高き神がたたえられますように。」アブラムはすべての物の十分の一を彼に贈った。
14:21 ソドムの王はアブラムに、「人はわたしにお返しください。しかし、財産はお取りください」と言ったが、
14:22 アブラムはソドムの王に言った。「わたしは、天地の造り主、いと高き神、主に手を上げて誓います。
14:23 あなたの物は、たとえ糸一筋、靴ひも一本でも、決していただきません。『アブラムを裕福にしたのは、このわたしだ』と、あなたに言われたくありません。
14:24 わたしは何も要りません。ただ、若い者たちが食べたものと、わたしと共に戦った人々、すなわち、アネルとエシュコルとマムレの分は別です。彼らには分け前を取らせてください。」

詩篇 91:9 あなたは主を避けどころとし いと高き神を宿るところとした。
91:10 あなたには災難もふりかかることがなく 天幕には疫病も触れることがない。
91:11 主はあなたのために、御使いに命じて あなたの道のどこにおいても守らせてくださる。
91:12 彼らはあなたをその手にのせて運び 足が石に当たらないように守る。
91:13 あなたは獅子と毒蛇を踏みにじり 獅子の子と大蛇を踏んで行く。
91:14 「彼はわたしを慕う者だから 彼を災いから逃れさせよう。わたしの名を知る者だから、彼を高く上げよう。
91:15 彼がわたしを呼び求めるとき、彼に答え 苦難の襲うとき、彼と共にいて助け 彼に名誉を与えよう。
91:16 生涯、彼を満ち足らせ わたしの救いを彼に見せよう。」

ローマ 15:7 だから、神の栄光のためにキリストがあなたがたを受け入れてくださったように、あなたがたも互いに相手を受け入れなさい。
15:8 わたしは言う。キリストは神の真実を現すために、割礼ある者たちに仕える者となられたのです。それは、先祖たちに対する約束を確証されるためであり、
15:9 異邦人が神をその憐れみのゆえにたたえるようになるためです。「そのため、わたしは異邦人の中であなたをたたえ、あなたの名をほめ歌おう」と書いてあるとおりです。
15:10 また、「異邦人よ、主の民と共に喜べ」と言われ、
15:11 更に、「すべての異邦人よ、主をたたえよ。すべての民は主を賛美せよ」と言われています。
15:12 また、イザヤはこう言っています。「エッサイの根から芽が現れ、異邦人を治めるために立ち上がる。異邦人は彼に望みをかける。」
15:13 希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平和とであなたがたを満たし、聖霊の力によって希望に満ちあふれさせてくださるように。


聖書には、最初イスラエルの民と結ばれた救いの契約が、やがては全ての異邦人へと宣べ伝えられていくことが語られている。
その際、どうしても歴史や文化の違う民族との接触や共生が求められていくことになる。
考え方の違う人たちや、習慣の異なる人たちと共に生きていくということは、なかなか難しい。
しかし、そこで壁を作ったり、距離を置いたり、あるいは敵対してしまったりしていては、いつまで経っても、そこに真の平和は訪れない。
価値観や生活習慣が違う人たちと共に生きていく上では、ある程度の妥協であったり、忍耐していくことは必要であろう。

エフェソ2:11 だから、心に留めておきなさい。あなたがたは以前には肉によれば異邦人であり、いわゆる手による割礼を身に受けている人々からは、割礼のない者と呼ばれていました。
2:12 また、そのころは、キリストとかかわりなく、イスラエルの民に属さず、約束を含む契約と関係なく、この世の中で希望を持たず、神を知らずに生きていました。
2:13 しかしあなたがたは、以前は遠く離れていたが、今や、キリスト・イエスにおいて、キリストの血によって近い者となったのです。
2:14 実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、
2:15 規則と戒律ずくめの律法を廃棄されました。こうしてキリストは、双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し、
2:16 十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました。
2:17 キリストはおいでになり、遠く離れているあなたがたにも、また、近くにいる人々にも、平和の福音を告げ知らせられました。

異邦人と言っても、自分と同じ人間である。
肌の色や言語が違ったからと言って、何ら優ったり劣ったりすることなどない。
同じ人間である。
尊い命である。
イエス様はそのために命を捧げられた。
そのことを忘れず、この世界からあらゆる争いがなくなることを祈る。