民数記 6:22 主はモーセに仰せになった。
6:23 アロンとその子らに言いなさい。あなたたちはイスラエルの人々を祝福して、次のように言いなさい。
6:24 主があなたを祝福し、あなたを守られるように。
6:25 主が御顔を向けてあなたを照らし あなたに恵みを与えられるように。
6:26 主が御顔をあなたに向けて あなたに平安を賜るように。
6:27 彼らがわたしの名をイスラエルの人々の上に置くとき、わたしは彼らを祝福するであろう。
6:23 アロンとその子らに言いなさい。あなたたちはイスラエルの人々を祝福して、次のように言いなさい。
6:24 主があなたを祝福し、あなたを守られるように。
6:25 主が御顔を向けてあなたを照らし あなたに恵みを与えられるように。
6:26 主が御顔をあなたに向けて あなたに平安を賜るように。
6:27 彼らがわたしの名をイスラエルの人々の上に置くとき、わたしは彼らを祝福するであろう。
詩篇 20:1 指揮者によって。賛歌。ダビデの詩。
20:2 苦難の日に主があなたに答え ヤコブの神の御名があなたを高く上げ
20:3 聖所から助けを遣わし シオンからあなたを支えてくださるように。
20:4 あなたの供え物をことごとく心に留め あなたのささげるいけにえを快く受け入れ
20:5 あなたの心の願いをかなえ あなたの計らいを実現させてくださるように。
20:6 我らがあなたの勝利に喜びの声をあげ 我らの神の御名によって 旗を掲げることができるように。主が、あなたの求めるところを すべて実現させてくださるように。
20:7 今、わたしは知った 主は油注がれた方に勝利を授け 聖なる天から彼に答えて 右の御手による救いの力を示されることを。
20:8 戦車を誇る者もあり、馬を誇る者もあるが 我らは、我らの神、主の御名を唱える。
20:9 彼らは力を失って倒れるが 我らは力に満ちて立ち上がる。
20:10 主よ、王に勝利を与え 呼び求める我らに答えてください。
20:2 苦難の日に主があなたに答え ヤコブの神の御名があなたを高く上げ
20:3 聖所から助けを遣わし シオンからあなたを支えてくださるように。
20:4 あなたの供え物をことごとく心に留め あなたのささげるいけにえを快く受け入れ
20:5 あなたの心の願いをかなえ あなたの計らいを実現させてくださるように。
20:6 我らがあなたの勝利に喜びの声をあげ 我らの神の御名によって 旗を掲げることができるように。主が、あなたの求めるところを すべて実現させてくださるように。
20:7 今、わたしは知った 主は油注がれた方に勝利を授け 聖なる天から彼に答えて 右の御手による救いの力を示されることを。
20:8 戦車を誇る者もあり、馬を誇る者もあるが 我らは、我らの神、主の御名を唱える。
20:9 彼らは力を失って倒れるが 我らは力に満ちて立ち上がる。
20:10 主よ、王に勝利を与え 呼び求める我らに答えてください。
マルコ 4:21 また、イエスは言われた。「ともし火を持って来るのは、升の下や寝台の下に置くためだろうか。燭台の上に置くためではないか。
4:22 隠れているもので、あらわにならないものはなく、秘められたもので、公にならないものはない。
4:23 聞く耳のある者は聞きなさい。」
4:24 また、彼らに言われた。「何を聞いているかに注意しなさい。あなたがたは自分の量る秤で量り与えられ、更にたくさん与えられる。
4:25 持っている人は更に与えられ、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。」
4:22 隠れているもので、あらわにならないものはなく、秘められたもので、公にならないものはない。
4:23 聞く耳のある者は聞きなさい。」
4:24 また、彼らに言われた。「何を聞いているかに注意しなさい。あなたがたは自分の量る秤で量り与えられ、更にたくさん与えられる。
4:25 持っている人は更に与えられ、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。」
本日の日課の三つの箇所から、それぞれに思わされたことを記してみる。
民数記6:27 彼らがわたしの名をイスラエルの人々の上に置くとき、わたしは彼らを祝福するであろう。
24~26節には、いわゆる祝祷と呼ばれる神がイスラエルの民を祝福された言葉が述べられ、その直後に、イスラエルの民が神の御名をあがめることが祝福されるための条件のように述べられているように見える。
しかし、祝福の言葉が先に述べられているのは確かなこと。
神に祝福されているのだからこそ、御名をあがめる者でありたいものである。
次は詩篇。
詩篇20:4 あなたの供え物をことごとく心に留め あなたのささげるいけにえを快く受け入れ
主なる神さまは私たちの捧げるどんな供え物を喜ばれるのだろうか。
きっと、どんなに高価なものや、清い業などをささげるよりも、私のために神の御子イエス様ご自身の命が捧げられたことを感謝することにまさるものはないのだろう。
「私の罪の償いのために、イエス様がご自分の命を私の身代わりに捧げて下さいましたことを感謝します」と祈る時、それが最高のささげものと言えるのだろう。
マルコ4:24 また、彼らに言われた。「何を聞いているかに注意しなさい。あなたがたは自分の量る秤で量り与えられ、更にたくさん与えられる。
イエス様が私の身代わりで十字架で死んで下さったことにより、私たちは、主イエス様の御名によって祈ることが可能となった。
自分自身の力に頼るのではなく、主イエス様の御名に頼るのである。
それはまるで、小さな器にモノを入れて運んだりするのではなく、はるかに大きな器に入れてモノを運ぶようなものであり、何でも入るし、どれだけ大きなもの入れても、あふれることもない。
神の懐は広く、深く、大きく、そして愛と憐れみに満ちている。
まとめると「主イエス様に頼りなさい」ということであろう。