箴言9章1~6節、詩篇150篇、マルコ16章9~18節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

箴言 9:1 知恵は家を建て、七本の柱を刻んで立てた。
9:2 獣を屠り、酒を調合し、食卓を整え
9:3 はしためを町の高い所に遣わして 呼びかけさせた。
9:4 「浅はかな者はだれでも立ち寄るがよい。」意志の弱い者にはこう言った。
9:5 「わたしのパンを食べ わたしが調合した酒を飲むがよい
9:6 浅はかさを捨て、命を得るために 分別の道を進むために。」

詩篇 150:1 ハレルヤ。聖所で神を賛美せよ。大空の砦で神を賛美せよ。
150:2 力強い御業のゆえに神を賛美せよ。大きな御力のゆえに神を賛美せよ。
150:3 角笛を吹いて神を賛美せよ。琴と竪琴を奏でて神を賛美せよ。
150:4 太鼓に合わせて踊りながら神を賛美せよ。弦をかき鳴らし笛を吹いて神を賛美せよ。
150:5 シンバルを鳴らし神を賛美せよ。シンバルを響かせて神を賛美せよ。
150:6 息あるものはこぞって主を賛美せよ。ハレルヤ。

マルコ 16:9 イエスは週の初めの日の朝早く、復活して、まずマグダラのマリアに御自身を現された。このマリアは、以前イエスに七つの悪霊を追い出していただいた婦人である。
16:10 マリアは、イエスと一緒にいた人々が泣き悲しんでいるところへ行って、このことを知らせた。
16:11 しかし彼らは、イエスが生きておられること、そしてマリアがそのイエスを見たことを聞いても、信じなかった。
16:12 その後、彼らのうちの二人が田舎の方へ歩いて行く途中、イエスが別の姿で御自身を現された。
16:13 この二人も行って残りの人たちに知らせたが、彼らは二人の言うことも信じなかった。
16:14 その後、十一人が食事をしているとき、イエスが現れ、その不信仰とかたくなな心をおとがめになった。復活されたイエスを見た人々の言うことを、信じなかったからである。
16:15 それから、イエスは言われた。「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。
16:16 信じて洗礼を受ける者は救われるが、信じない者は滅びの宣告を受ける。
16:17 信じる者には次のようなしるしが伴う。彼らはわたしの名によって悪霊を追い出し、新しい言葉を語る。
16:18 手で蛇をつかみ、また、毒を飲んでも決して害を受けず、病人に手を置けば治る。」


マルコ福音書の箇所には、復活されたイエス様と出会った人たちが、他の人たちへそのことを伝えたけれども、なかなか信じてもらえなかったことが簡単に記されている。
他の福音書では、もう少し詳しく書かれているが、内容的には同じことを伝えている。
人はなかなか他人の言う言葉を信じないし、自分が見て確かめ、自分で経験してみなければ、それが事実であるということを認めようとしないものである。
しかし主なる神様は、あえてそういう方法を用いて、宣教という愚かな方法を用いて神の国の事を宣べ伝えるように命じておられる。
人の言葉を聞いても信じなかった弟子たちも、聞いてもなかなか信じてもらえない人たちへ宣べ伝えていくのである。
おそらく、なかなか信じてもらえないことを経験するたびに、自分たちが最初に聞いた時にすぐに信じなかったことを悔い改めることであろう。
自分が経験したことのないことを信じてもらえないのは仕方がない。
それでも神は私たちにそういう経験を通して福音を宣べ伝えていくことを勧めている。
なかなか信じてもらえないけれども、しかしだからこそ信じてもらえた時の喜びは大きい。
あり得ないこと、起こりえないことが起きるからこそ、神の御業は素晴らしいのではないだろうか。
そもそも救われるはずのない私がイエス様の十字架のおかげで救われたのだ。

ハレルヤ。聖所で神を賛美しよう。大空の砦で神を賛美しよう
力強い御業のゆえに神を賛美しよう。大きな御力のゆえに神を賛美しよう。
角笛を吹いて神を賛美しよう。琴と竪琴を奏でて神を賛美しよう。
太鼓に合わせて踊りながら神を賛美しよう。弦をかき鳴らし笛を吹いて神を賛美しよう。
シンバルを鳴らし神を賛美しよう。シンバルを響かせて神を賛美しよう。
息あるものはこぞって主を賛美しよう。ハレルヤ。