使徒3章1~10節、詩篇4篇、ルカ22章24~30節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

使徒 3:1 ペトロとヨハネが、午後三時の祈りの時に神殿に上って行った。
3:2 すると、生まれながら足の不自由な男が運ばれて来た。神殿の境内に入る人に施しを乞うため、毎日「美しい門」という神殿の門のそばに置いてもらっていたのである。
3:3 彼はペトロとヨハネが境内に入ろうとするのを見て、施しを乞うた。
3:4 ペトロはヨハネと一緒に彼をじっと見て、「わたしたちを見なさい」と言った。
3:5 その男が、何かもらえると思って二人を見つめていると、
3:6 ペトロは言った。「わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。」
3:7 そして、右手を取って彼を立ち上がらせた。すると、たちまち、その男は足やくるぶしがしっかりして、
3:8 躍り上がって立ち、歩きだした。そして、歩き回ったり躍ったりして神を賛美し、二人と一緒に境内に入って行った。
3:9 民衆は皆、彼が歩き回り、神を賛美しているのを見た。
3:10 彼らは、それが神殿の「美しい門」のそばに座って施しを乞うていた者だと気づき、その身に起こったことに我を忘れるほど驚いた。

詩篇 4:1  指揮者によって。伴奏付き。賛歌。ダビデの詩。 
4:2 呼び求めるわたしに答えてください わたしの正しさを認めてくださる神よ。苦難から解き放ってください 憐れんで、祈りを聞いてください。
4:3 人の子らよ いつまでわたしの名誉を辱めにさらすのか むなしさを愛し、偽りを求めるのか。
4:4 主の慈しみに生きる人を主は見分けて 呼び求める声を聞いてくださると知れ。
4:5 おののいて罪を離れよ。横たわるときも自らの心と語り そして沈黙に入れ。
4:6 ふさわしい献げ物をささげて、主に依り頼め。
4:7 恵みを示す者があろうかと、多くの人は問います。主よ、わたしたちに御顔の光を向けてください。
4:8 人々は麦とぶどうを豊かに取り入れて喜びます。それにもまさる喜びを わたしの心にお与えください。
4:9 平和のうちに身を横たえ、わたしは眠ります。主よ、あなただけが、確かに わたしをここに住まわせてくださるのです。

ルカ 22:24 また、使徒たちの間に、自分たちのうちでだれがいちばん偉いだろうか、という議論も起こった。
22:25 そこで、イエスは言われた。「異邦人の間では、王が民を支配し、民の上に権力を振るう者が守護者と呼ばれている。
22:26 しかし、あなたがたはそれではいけない。あなたがたの中でいちばん偉い人は、いちばん若い者のようになり、上に立つ人は、仕える者のようになりなさい。
22:27 食事の席に着く人と給仕する者とは、どちらが偉いか。食事の席に着く人ではないか。しかし、わたしはあなたがたの中で、いわば給仕する者である。
22:28 あなたがたは、わたしが種々の試練に遭ったとき、絶えずわたしと一緒に踏みとどまってくれた。
22:29 だから、わたしの父がわたしに支配権をゆだねてくださったように、わたしもあなたがたにそれをゆだねる。
22:30 あなたがたは、わたしの国でわたしの食事の席に着いて飲み食いを共にし、王座に座ってイスラエルの十二部族を治めることになる。」


教会付属の幼稚園の入園式に出席した。
従来の幼稚園の形では入園児が減る一方なため、預り保育なども行っており、一部、保育園のような業務も担っている。
そのため、先生方やスタッフも大勢いらっしゃる。
クラスの担任、教務、事務、給食、預り保育担当、バス運転手など、多くのスタッフが子ども達の生活を支えている。
そんな先生方やスタッフの姿を見ていると、まるで自分たちも幼子たちと同じ友達のように、子供たちの目線で仕えておられるご様子が伺える。
教会付属の幼稚園において「牧師先生」というのはどういう立ち位置なのかよく分からない面もあるが、子供たちと同じように手遊びをし、お歌を歌ったり、ハイタッチしたりしていると、なんだか自分も園児の一人のように感じられ「これでいいのだ」と思えた。
幼子と同じ目線に立ち、幼子たちが喜んでくれることをしていれば、それで十分なのかもしれない。
もちろん、彼らにもわかる聖書の御言葉を語っていくことも大切だが、まずはお友達になることを大事にしたい。
幼児教育のことはよく分からないけれど、大型免許を所有しているので、いざと言う時には園バスの運転のお手伝いならできるかも、などと考えたりしつつ、まずは子供たちと同じ目線で、子供たちと友達になれるようつとめていきたい。

ヨハネ 15:13 友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。
15:14 わたしの命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。
15:15 もはや、わたしはあなたがたを僕とは呼ばない。僕は主人が何をしているか知らないからである。わたしはあなたがたを友と呼ぶ。父から聞いたことをすべてあなたがたに知らせたからである。