イザヤ60章15~22節、詩篇107篇1~16節、ヨハネ8章12~20節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

イザヤ 60:15 かつてあなたは捨てられ、憎まれ 通り過ぎる者もなかったが 今、わたしはあなたをとこしえの誇り 代々の楽しみとする。
60:16 あなたは国々の乳に養われ 王たちを養う乳房に養われる。こうして、あなたは知るようになる 主なるわたしはあなたを救い、あなたを贖う者 ヤコブの力ある者であることを。
60:17 わたしは青銅の代わりに金を 鉄の代わりに銀をもたらし 木の代わりに青銅を 石の代わりに鉄をもたらす。わたしがあなたに与える命令は平和 あなたを支配するものは恵みの業。
60:18 あなたの地は再び不法を耳にすることなく 破壊と崩壊は領土のうちから絶える。あなたの城壁は「救い」と 城門は「栄誉」と呼ばれる。
60:19 太陽は再びあなたの昼を照らす光とならず 月の輝きがあなたを照らすこともない。主があなたのとこしえの光となり あなたの神があなたの輝きとなられる。
60:20 あなたの太陽は再び沈むことなく あなたの月は欠けることがない。主があなたの永遠の光となり あなたの嘆きの日々は終わる。
60:21 あなたの民は皆、主に従う者となり とこしえに地を継ぎ わたしの植えた若木、わたしの手の業として 輝きに包まれる。
60:22 最も小さいものも千人となり 最も弱いものも強大な国となる。主なるわたしは、時が来れば速やかに行う。

詩篇 107:1 「恵み深い主に感謝せよ 慈しみはとこしえに」と
107:2 主に贖われた人々は唱えよ。主は苦しめる者の手から彼らを贖い
107:3 国々の中から集めてくださった 東から西から、北から南から。
107:4 彼らは、荒れ野で迷い 砂漠で人の住む町への道を見失った。
107:5 飢え、渇き、魂は衰え果てた。
107:6 苦難の中から主に助けを求めて叫ぶと 主は彼らを苦しみから救ってくださった。
107:7 主はまっすぐな道に彼らを導き 人の住む町に向かわせてくださった。
107:8 主に感謝せよ。主は慈しみ深く 人の子らに驚くべき御業を成し遂げられる。
107:9 主は渇いた魂を飽かせ 飢えた魂を良いもので満たしてくださった。
107:10 彼らは、闇と死の陰に座る者 貧苦と鉄の枷が締めつける捕われ人となった。
107:11 神の仰せに反抗し いと高き神の御計らいを侮ったからだ。
107:12 主は労苦を通して彼らの心を挫かれた。彼らは倒れ、助ける者はなかった。
107:13 苦難の中から主に助けを求めて叫ぶと 主は彼らの苦しみに救いを与えられた。
107:14 闇と死の陰から彼らを導き出し 束縛するものを断ってくださった。
107:15 主に感謝せよ。主は慈しみ深く 人の子らに驚くべき御業を成し遂げられる。
107:16 主は青銅の扉を破り 鉄のかんぬきを砕いてくださった。

ヨハネ 8:12 イエスは再び言われた。「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ。」
8:13 それで、ファリサイ派の人々が言った。「あなたは自分について証しをしている。その証しは真実ではない。」
8:14 イエスは答えて言われた。「たとえわたしが自分について証しをするとしても、その証しは真実である。自分がどこから来たのか、そしてどこへ行くのか、わたしは知っているからだ。しかし、あなたたちは、わたしがどこから来てどこへ行くのか、知らない。
8:15 あなたたちは肉に従って裁くが、わたしはだれをも裁かない。
8:16 しかし、もしわたしが裁くとすれば、わたしの裁きは真実である。なぜならわたしはひとりではなく、わたしをお遣わしになった父と共にいるからである。
8:17 あなたたちの律法には、二人が行う証しは真実であると書いてある。
8:18 わたしは自分について証しをしており、わたしをお遣わしになった父もわたしについて証しをしてくださる。」
8:19 彼らが「あなたの父はどこにいるのか」と言うと、イエスはお答えになった。「あなたたちは、わたしもわたしの父も知らない。もし、わたしを知っていたら、わたしの父をも知るはずだ。」
8:20 イエスは神殿の境内で教えておられたとき、宝物殿の近くでこれらのことを話された。しかし、だれもイエスを捕らえなかった。イエスの時がまだ来ていなかったからである。


人が支配する世には常に闇がある。
人が罪深い存在だから。
しかし、そこに主なる神は光を照らし、まことの平和と幸いをもたらして下さる。
そのために主が支払われた犠牲は、御子イエス様の命という、あまりにも大きなものであるが、神はそれをよしとされた。
喜んで罪に囚われた人たちを救うために、イエス様の命を差し出されたのである。
聖書はそのことを証しし、私たちに救いの言葉を常に語りかけてくださる。
罪の虜のまま、闇に支配されたまま生きていても、そこに何の幸いがあるのだろう。
神が現わされた救いの約束に、素直に耳を傾け、心を開き、信頼して真の平和のうちを歩んでいこう。