ダニエル書12章5~13節、詩篇107篇1~3,17~22節、エフェソ1章7~4節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ダニエル書 12:5 わたしダニエルは、なお眺め続けていると、見よ、更に二人の人が、川の両岸に一人ずつ立っているのが見えた。
12:6 その一人が、川の流れの上に立つ、あの麻の衣を着た人に向かって、「これらの驚くべきことはいつまで続くのでしょうか」と尋ねた。
12:7 すると、川の流れの上に立つ、あの麻の衣を着た人が、左右の手を天に差し伸べ、永遠に生きるお方によってこう誓うのが聞こえた。「一時期、二時期、そして半時期たって、聖なる民の力が全く打ち砕かれると、これらの事はすべて成就する。」
12:8 こう聞いてもわたしには理解できなかったので、尋ねた。「主よ、これらのことの終わりはどうなるのでしょうか。」
12:9 彼は答えた。「ダニエルよ、もう行きなさい。終わりの時までこれらの事は秘められ、封じられている。
12:10 多くの者は清められ、白くされ、練られる。逆らう者はなお逆らう。逆らう者はだれも悟らないが、目覚めた人々は悟る。
12:11 日ごとの供え物が廃止され、憎むべき荒廃をもたらすものが立てられてから、千二百九十日が定められている。
12:12 待ち望んで千三百三十五日に至る者は、まことに幸いである。
12:13 終わりまでお前の道を行き、憩いに入りなさい。時の終わりにあたり、お前に定められている運命に従って、お前は立ち上がるであろう。」

詩篇 107:1 「恵み深い主に感謝せよ 慈しみはとこしえに」と
107:2 主に贖われた人々は唱えよ。主は苦しめる者の手から彼らを贖い
107:3 国々の中から集めてくださった 東から西から、北から南から。
107:17 彼らは、無知であり、背きと罪の道のために 屈従する身になった。
107:18 どの食べ物も彼らの喉には忌むべきもので 彼らは死の門に近づいた。
107:19 苦難の中から主に助けを求めて叫ぶと 主は彼らの苦しみに救いを与えられた。
107:20 主は御言葉を遣わして彼らを癒し 破滅から彼らを救い出された。
107:21 主に感謝せよ。主は慈しみ深く 人の子らに驚くべき御業を成し遂げられる。
107:22 感謝のいけにえをささげ 御業を語り伝え、喜び歌え。

エフェソ 1:7 わたしたちはこの御子において、その血によって贖われ、罪を赦されました。これは、神の豊かな恵みによるものです。
1:8 神はこの恵みをわたしたちの上にあふれさせ、すべての知恵と理解とを与えて、
1:9 秘められた計画をわたしたちに知らせてくださいました。これは、前もってキリストにおいてお決めになった神の御心によるものです。
1:10 こうして、時が満ちるに及んで、救いの業が完成され、あらゆるものが、頭であるキリストのもとに一つにまとめられます。天にあるものも地にあるものもキリストのもとに一つにまとめられるのです。
1:11 キリストにおいてわたしたちは、御心のままにすべてのことを行われる方の御計画によって前もって定められ、約束されたものの相続者とされました。
1:12 それは、以前からキリストに希望を置いていたわたしたちが、神の栄光をたたえるためです。
1:13 あなたがたもまた、キリストにおいて、真理の言葉、救いをもたらす福音を聞き、そして信じて、約束された聖霊で証印を押されたのです。
1:14 この聖霊は、わたしたちが御国を受け継ぐための保証であり、こうして、わたしたちは贖われて神のものとなり、神の栄光をたたえることになるのです。


聖書には、終わりの時に関することがところどころ記されている。
終わりの時とは、主イエス・キリストが再臨し、まさにこの世界が終わりの時を迎えることになるのであろうけれども、それは、救いの業が完成する時であると語られている。
崩壊でも破滅でも絶望といったような悲観的な意味合いではなく、希望が現実となる、まさにハッピーエンドということであろう。
神が私たちをお救い下さる救いの業が完成する、それが終わりの時であるということだが、実は、その救いの業は既に完成された出来事として聖書は語りかけている。
イエス様が十字架で死なれた時「完了した」と仰せられているし、イエス様ご自身「私は初めであり、終わりである」と述べておられ、イエス様のご生涯を通して、全ての救いの業は完成しているのである。
だからこそ、私たちは揺るぎない平安を頂くことができるのだ。
いまだ、未完成の約束を待ちわびているのではない。
時空を越えて、完成された救いの約束を頂いて、その上で、今を生きている。
今日もこの救いの約束の言葉を頂いて、始まりと終わりの間に生きるハッピーな人生を歩ませていただきたいものである。