列王記上14章1~18節、詩篇50篇1~6節、1テモテ1章12~20節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

列王記上 14:1 そのころ、ヤロブアムの息子アビヤが病気になった。
14:2 ヤロブアムは妻に言った。「立って、ヤロブアムの妻だと知られないように姿を変え、シロに行ってくれ。そこには、わたしがこの民の王になると告げてくれた預言者アヒヤがいる。
14:3 パン十個と菓子、それに蜜を一瓶持って彼のもとに行け。彼なら幼い子に何が起こるか教えてくれるだろう。」
14:4 ヤロブアムの妻は言われたとおりにした。彼女は立ってシロへ行き、アヒヤの家に着いた。アヒヤは老齢のために目がかすみ、見ることができなくなっていたが、
14:5 主はアヒヤにこう告げておられた。「見よ、ヤロブアムの妻が来て、息子のことをあなたに尋ねる。息子は病気なのだ。あなたはこれこれしかじかと彼女に語れ。彼女は変装してやって来る。」
14:6 アヒヤは戸口に着いた彼女の足音を聞いて言った。「ヤロブアムの妻よ、入りなさい。なぜそのように変装したのか。わたしはあなたにつらいことを告げるように命じられている。
14:7 行ってヤロブアムに言いなさい。『イスラエルの神、主はこう言われる。わたしはあなたを民の中から選び出して高め、わが民イスラエルの指導者とし、
14:8 ダビデの家から王国を裂いて取り上げ、あなたに与えた。しかし、わが僕ダビデがわたしの戒めを守り、心を尽くしてわたしに従って歩み、わたしの目にかなう正しいことだけを行ったのとは異なり、
14:9 あなたはこれまでのだれよりも悪を行い、行って自分のために他の神々や、鋳物の像を造り、わたしを怒らせ、わたしを後ろに捨て去った。
14:10 それゆえ、わたしはヤロブアムの家に災いをもたらす。ヤロブアムに属する者は、イスラエルにおいて縛られている者も、解き放たれている者も、男子であれば、すべて滅ぼし、人が汚物を徹底的にぬぐい去るように、わたしはヤロブアムの家に残る者をぬぐい去る。
14:11 ヤロブアムに属する者は、町で死ねば犬に食われ、野で死ねば空の鳥の餌食になる。まことに主はこう告げられた。』
14:12 あなたは立って家に帰るがよい。あなたが足を町に踏み入れるとき、あなたの子は死ぬ。
14:13 イスラエルのすべての人々はこの子を弔い、葬るだろう。まことにヤロブアムに属する者で墓に入るのは、この子一人であろう。ヤロブアムの家の中でイスラエルの神、主にいくらか良いとされるのはこの子だけだからである。
14:14 主は御自分のためにヤロブアムの家を断つ王をイスラエルの上に立てられる。今日にも、いや、今にもそうされる。
14:15 主はイスラエルを打って水辺に揺れる葦のようにし、その先祖にお与えになった地からイスラエルを引き抜き、ユーフラテスのかなたに散らされる。彼らがアシェラ像を造って、主の怒りを招いたからである。
14:16 主は、ヤロブアムが自ら犯し、またイスラエルに犯させた罪のゆえに、イスラエルを引き渡される。」
14:17 ヤロブアムの妻は立ち去り、ティルツァに戻った。彼女が家の敷居をまたいだとき、幼いその子は死んだ。
14:18 イスラエルのすべての人々は主がその僕、預言者アヒヤによって告げられた言葉のとおり、彼を葬り、弔った。

詩篇 50:1  賛歌。アサフの詩。 神々の神、主は、御言葉を発し 日の出るところから日の入るところまで 地を呼び集められる。
50:2 麗しさの極みシオンから、神は顕現される。
50:3 わたしたちの神は来られる 黙してはおられない。御前を火が焼き尽くして行き 御もとには嵐が吹き荒れている。
50:4 神は御自分の民を裁くために 上から天に呼びかけ、また、地に呼びかけられる。
50:5 「わたしの前に集めよ わたしの慈しみに生きる者を いけにえを供えてわたしと契約を結んだ者を。」
50:6 天は神の正しいことを告げ知らせる。神は御自ら裁きを行われる。

1テモテ 1:12 わたしを強くしてくださった、わたしたちの主キリスト・イエスに感謝しています。この方が、わたしを忠実な者と見なして務めに就かせてくださったからです。
1:13 以前、わたしは神を冒涜する者、迫害する者、暴力を振るう者でした。しかし、信じていないとき知らずに行ったことなので、憐れみを受けました。
1:14 そして、わたしたちの主の恵みが、キリスト・イエスによる信仰と愛と共に、あふれるほど与えられました。
1:15 「キリスト・イエスは、罪人を救うために世に来られた」という言葉は真実であり、そのまま受け入れるに値します。わたしは、その罪人の中で最たる者です。
1:16 しかし、わたしが憐れみを受けたのは、キリスト・イエスがまずそのわたしに限りない忍耐をお示しになり、わたしがこの方を信じて永遠の命を得ようとしている人々の手本となるためでした。
1:17 永遠の王、不滅で目に見えない唯一の神に、誉れと栄光が世々限りなくありますように、アーメン。
1:18 わたしの子テモテ、あなたについて以前預言されたことに従って、この命令を与えます。その預言に力づけられ、雄々しく戦いなさい、
1:19 信仰と正しい良心とを持って。ある人々は正しい良心を捨て、その信仰は挫折してしまいました。
1:20 その中には、ヒメナイとアレクサンドロがいます。わたしは、神を冒涜してはならないことを学ばせるために、彼らをサタンに引き渡しました。


キリストの証人として偉大な伝道者となったパウロは、以前はキリストを信じる者たちを捕らえて迫害することに自分の人生を捧げていたようなものであった。
しかし、そんなパウロが復活のイエス様と出会い、人生が百八十度変えられていくのである。
もともとクリスチャンを迫害していたとはいえ、その姿勢はある意味、忠実であり熱心であったため、それがかえって用いられることになったのである。
実に不思議なことであるし、神のなさることは素晴らしい。
私たちも、神の国の働きを担う者としては不適切で、役に立つどころか、かえって損害をあたえてしまうような者であるのかもしれない。
けれど、だからこそ主なる神様は、そんな私たちを選び、キリストの贖いの御業によって救われた者の見本として、用いようとされるのであろう。

「キリスト・イエスは、罪人を救うために世に来られた」という言葉は真実であり、そのまま受け入れるに値します。わたしは、その罪人の中で最たる者です。
しかし、わたしが憐れみを受けたのは、キリスト・イエスがまずそのわたしに限りない忍耐をお示しになり、わたしがこの方を信じて永遠の命を得ようとしている人々の手本となるためでした。

私たちは善なる人、愛の人として生きるのではなく、赦された罪人として、愛の無いものを愛の神が用いられることを証しするために生かされているのである。
神のなさることは実に不思議で、素晴らしい。