ミカ4章1~5節、詩篇79篇、黙示録15章1~6節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ミカ 4:1 終わりの日に 主の神殿の山は、山々の頭として堅く立ち どの峰よりも高くそびえる。もろもろの民は大河のようにそこに向かい
4:2 多くの国々が来て言う。「主の山に登り、ヤコブの神の家に行こう。主はわたしたちに道を示される。わたしたちはその道を歩もう」と。主の教えはシオンから 御言葉はエルサレムから出る。
4:3 主は多くの民の争いを裁き はるか遠くまでも、強い国々を戒められる。彼らは剣を打ち直して鋤とし 槍を打ち直して鎌とする。国は国に向かって剣を上げず もはや戦うことを学ばない。
4:4 人はそれぞれ自分のぶどうの木の下 いちじくの木の下に座り 脅かすものは何もないと 万軍の主の口が語られた。
4:5 どの民もおのおの、自分の神の名によって歩む。我々は、とこしえに 我らの神、主の御名によって歩む。

詩篇 79:1  賛歌。アサフの詩。 神よ、異国の民があなたの嗣業を襲い あなたの聖なる神殿を汚し エルサレムを瓦礫の山としました。
79:2 あなたの僕らの死体を空の鳥の餌とし あなたの慈しみに生きた人々の肉を 地の獣らの餌としました。
79:3 彼らは、エルサレムの周囲に この人々の血を水のように流します。葬る者もありません。
79:4 わたしたちは近隣の民に辱められ 周囲の民に嘲られ、そしられています。
79:5 主よ、いつまで続くのでしょう。あなたは永久に憤っておられるのでしょうか。あなたの激情は火と燃え続けるのでしょうか。
79:6 御怒りを注いでください あなたを知ろうとしない異国の民の上に あなたの御名を呼び求めない国々の上に。
79:7 彼らはヤコブを食いものにし その住みかを荒廃させました。
79:8 どうか、わたしたちの昔の悪に御心を留めず 御憐れみを速やかに差し向けてください。わたしたちは弱り果てました。
79:9 わたしたちの救いの神よ、わたしたちを助けて あなたの御名の栄光を輝かせてください。御名のために、わたしたちを救い出し わたしたちの罪をお赦しください。
79:10 どうして異国の民に言わせてよいでしょうか 「彼らの神はどこにいる」と。あなたの僕らの注ぎ出された血に対する報復を 異国の民の中で、わたしたちが 目の前に見ることができますように。
79:11 捕われ人の嘆きが御前に届きますように。御腕の力にふさわしく 死に定められている人々を 生き長らえさせてください。
79:12 主よ、近隣の民のふところに あなたを辱めた彼らの辱めを 七倍にして返してください。
79:13 わたしたちはあなたの民 あなたに養われる羊の群れ。とこしえに、あなたに感謝をささげ 代々に、あなたの栄誉を語り伝えます。

黙示録 15:1 わたしはまた、天にもう一つの大きな驚くべきしるしを見た。七人の天使が最後の七つの災いを携えていた。これらの災いで、神の怒りがその極みに達するのである。
15:2 わたしはまた、火が混じったガラスの海のようなものを見た。更に、獣に勝ち、その像に勝ち、またその名の数字に勝った者たちを見た。彼らは神の竪琴を手にして、このガラスの海の岸に立っていた。
15:3 彼らは、神の僕モーセの歌と小羊の歌とをうたった。「全能者である神、主よ、あなたの業は偉大で、驚くべきもの。諸国の民の王よ、あなたの道は正しく、また、真実なもの。
15:4 主よ、だれがあなたの名を畏れず、たたえずにおられましょうか。聖なる方は、あなただけ。すべての国民が、来て、あなたの前にひれ伏すでしょう。あなたの正しい裁きが、明らかになったからです。」
15:5 この後、わたしが見ていると、天にある証しの幕屋の神殿が開かれた。
15:6 そして、この神殿から、七つの災いを携えた七人の天使が出て来た。天使たちは、輝く清い亜麻布の衣を着て、胸に金の帯を締めていた。
15:7 そして、四つの生き物の中の一つが、世々限りなく生きておられる神の怒りが盛られた七つの金の鉢を、この七人の天使に渡した。
15:8 この神殿は、神の栄光とその力とから立ち上る煙で満たされ、七人の天使の七つの災いが終わるまでは、だれも神殿の中に入ることができなかった。



本日与えられている日課のミカ書や詩篇の言葉を読むと、イスラエルの人たち心かたくなに、ハマスを掃討するまで戦争をやめないと言い切ってしまうのも無理はないように思う。
もちろん、彼らの行っている事を認めるつもりはない。
ただ、聖書が真の神の言葉だと信じれば信じるほど、心をかたくなにしてしまいがちであるという意味で、そうであろうと思うに過ぎない。
しかし、聖書の言葉は、旧約聖書だけで完結するものではない。
旧約聖書に預言されたメシアとしてイエス様が来られたことを証しする新約聖書まで含めて読む必要がある。
旧約聖書に記されている預言の言葉を、十字架の主イエス様を抜きにして読んでいる限り、今のイスラエルで起きているような出来事が止むことはなく、際限なく争いの連鎖が続いていくだろう。
黙示録にも神のなさる最後の裁きとも思われるような出来事が記されているが、その裁きが行われるところろでは、全ての国民が神の御前にひざまづき、神を称えるであろうといったことが語られており、民同士が互いに非難し合って終わりが見えない状況とは全く異なる世界が描かれている。
つまり、人間に手による軍事力や経済力などによっては、真の世界平和などもたらされないということなのであろう。
むしろ、人間が行う事は、人を憎み、殺し合うような害悪なことばかりである。
こんな愚かな人間を、神ご自身が犠牲を支払って救って下さるからこそ、全ての人がこのお方をほめたたえるようになるのである。
罪と強欲にまみれ、闇と絶望に包まれたこの世界に、まことの希望の光がともされるように、救い主が到来するこのクリスマスを、希望を持ってお迎えしたい。