ゼカリヤ14章1~9節、詩篇80篇2~8,18~20節、1テサロニケ4章1~18節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ゼカリヤ 14:1 見よ、主の日が来る。かすめ取られたあなたのものが あなたの中で分けられる日が。
14:2 わたしは諸国の民をことごとく集め エルサレムに戦いを挑ませる。都は陥落し、家は略奪され 女たちは犯され、都の半ばは捕囚となって行く。しかし、民の残りの者が 都から全く断たれることはない。
14:3 戦いの日が来て、戦わねばならぬとき 主は進み出て、これらの国々と戦われる。
14:4 その日、主は御足をもって エルサレムの東にある オリーブ山の上に立たれる。オリーブ山は東と西に半分に裂け 非常に大きな谷ができる。山の半分は北に退き、半分は南に退く。
14:5 あなたたちはわが山の谷を通って逃げよ。山あいの谷はアツァルにまで達している。ユダの王ウジヤの時代に 地震を避けて逃れたように逃げるがよい。わが神なる主は、聖なる御使いたちと共に あなたのもとに来られる。
14:6 その日には、光がなく 冷えて、凍てつくばかりである。
14:7 しかし、ただひとつの日が来る。その日は、主にのみ知られている。そのときは昼もなければ、夜もなく 夕べになっても光がある。
14:8 その日、エルサレムから命の水が湧き出で 半分は東の海へ、半分は西の海へ向かい 夏も冬も流れ続ける。
14:9 主は地上をすべて治める王となられる。その日には、主は唯一の主となられ その御名は唯一の御名となる。

詩篇 80:2 イスラエルを養う方 ヨセフを羊の群れのように導かれる方よ 御耳を傾けてください。ケルビムの上に座し、顕現してください
80:3 エフライム、ベニヤミン、マナセの前に。目覚めて御力を振るい わたしたちを救うために来てください。
80:4 神よ、わたしたちを連れ帰り 御顔の光を輝かせ わたしたちをお救いください。
80:5 万軍の神、主よ、あなたの民は祈っています。いつまで怒りの煙をはき続けられるのですか。
80:6 あなたは涙のパンをわたしたちに食べさせ なお、三倍の涙を飲ませられます。
80:7 わたしたちは近隣の民のいさかいの的とされ 敵はそれを嘲笑います。
80:8 万軍の神よ、わたしたちを連れ帰り 御顔の光を輝かせ わたしたちをお救いください。
80:18 御手があなたの右に立つ人の上にあり 御自分のために強められた 人の子の上にありますように。
80:19 わたしたちはあなたを離れません。命を得させ、御名を呼ばせてください。
80:20 万軍の神、主よ、わたしたちを連れ帰り 御顔の光を輝かせ わたしたちをお救いください。

1テサロニケ 4:1 さて、兄弟たち、主イエスに結ばれた者としてわたしたちは更に願い、また勧めます。あなたがたは、神に喜ばれるためにどのように歩むべきかを、わたしたちから学びました。そして、現にそのように歩んでいますが、どうか、その歩みを今後も更に続けてください。
4:2 わたしたちが主イエスによってどのように命令したか、あなたがたはよく知っているはずです。
4:3 実に、神の御心は、あなたがたが聖なる者となることです。すなわち、みだらな行いを避け、
4:4 おのおの汚れのない心と尊敬の念をもって妻と生活するように学ばねばならず、
4:5 神を知らない異邦人のように情欲におぼれてはならないのです。
4:6 このようなことで、兄弟を踏みつけたり、欺いたりしてはいけません。わたしたちが以前にも告げ、また厳しく戒めておいたように、主はこれらすべてのことについて罰をお与えになるからです。
4:7 神がわたしたちを招かれたのは、汚れた生き方ではなく、聖なる生活をさせるためです。
4:8 ですから、これらの警告を拒む者は、人を拒むのではなく、御自分の聖霊をあなたがたの内に与えてくださる神を拒むことになるのです。
4:9 兄弟愛については、あなたがたに書く必要はありません。あなたがた自身、互いに愛し合うように、神から教えられているからです。
4:10 現にあなたがたは、マケドニア州全土に住むすべての兄弟に、それを実行しています。しかし、兄弟たち、なおいっそう励むように勧めます。
4:11 そして、わたしたちが命じておいたように、落ち着いた生活をし、自分の仕事に励み、自分の手で働くように努めなさい。
4:12 そうすれば、外部の人々に対して品位をもって歩み、だれにも迷惑をかけないで済むでしょう。
4:13 兄弟たち、既に眠りについた人たちについては、希望を持たないほかの人々のように嘆き悲しまないために、ぜひ次のことを知っておいてほしい。
4:14 イエスが死んで復活されたと、わたしたちは信じています。神は同じように、イエスを信じて眠りについた人たちをも、イエスと一緒に導き出してくださいます。
4:15 主の言葉に基づいて次のことを伝えます。主が来られる日まで生き残るわたしたちが、眠りについた人たちより先になることは、決してありません。
4:16 すなわち、合図の号令がかかり、大天使の声が聞こえて、神のラッパが鳴り響くと、主御自身が天から降って来られます。すると、キリストに結ばれて死んだ人たちが、まず最初に復活し、
4:17 それから、わたしたち生き残っている者が、空中で主と出会うために、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられます。このようにして、わたしたちはいつまでも主と共にいることになります。
4:18 ですから、今述べた言葉によって励まし合いなさい。



終わりの時が近づいていると思っても、急に生き方を変える必要はない。
むしろ、今まで通りか、もしくは、さらに聖なる生き方を求めていくべきである。
テサロニケの手紙の中には、世の終わりも近いと考えて、勝手気ままに生きようとする者もでてきたようで、妻以外の女性と不倫に走ったり、働くことも、仕事もやめ、ただただ欲望のままに怠惰に生きようとする者が出てきたのであろう。
ひるがえって、現代の世界でも、各地で戦争が続き、災害も起き、人々の心からは愛が冷えてきているように見えるため、世も末だと思う人も増えていることだろう。
しかし、もしそうであったのなら、ますます聖なる生き方を求めていく必要がある。
聖なる生き方といっても、何も難しいことを強要しているわけでもないし、誠実に、忠実に生きていくだけのことであろう。
家族や友人を大事にし、できるだけ誰とも仲良く過ごし、隣人に喜んでもらえるようなことを求めつつ、可能な範囲でキリストの福音を宣べ伝えていく。
それでいいのではないだろうか。
私たちの人生はテストや受験のようなものではないし、失敗もない。
ただ、終わりの時に神様の御前で全てのことを申し開きをしなければならないが、その時「私にはイエス様がいる」と言えるなら、安心である。
だから、全てのことを赦された者として、今を、これからの時を生きよう。