ナホム1章1~13節、詩篇75篇、黙示録14章12~20節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

ナホム 1:1 ニネベについての託宣。エルコシュの人ナホムの幻を記した書。
1:2 主は熱情の神、報復を行われる方。主は報復し、激しく怒られる。主は敵に報復し 仇に向かって怒りを抱かれる。
1:3 主は忍耐強く、その力は大きい。主は決して罰せずにはおられない。その道はつむじ風と嵐の中にあり 雲は御足の塵である。
1:4 主は海を叱って、乾かし すべての川を干上がらせられる。バシャンとカルメルは衰え レバノンの花はしおれる。
1:5 山々は主の御前に震え もろもろの丘は溶ける。大地は主の御前に滅びる 世界とそこに住むすべての者も。
1:6 主の憤りの前に、誰が耐ええようか 誰が燃える御怒りに立ち向かいえようか。主の憤りが火のように注がれると 岩も御前に打ち砕かれる。
1:7 主は恵み深く、苦しみの日には砦となり 主に身を寄せる者を御心に留められる。
1:8 みなぎる洪水で逆らう者を滅ぼし 仇を闇に追いやられる。
1:9 お前たちは主に対して何をたくらむのか。主は滅ぼし尽くし 敵を二度と立ち上がれなくされる。
1:10 彼らは酒に酔いしれ 絡み合った茨のようになっているが 乾ききったわらのように焼き尽くされる。
1:11 主に対して悪事をたくらみ よこしまな事を謀る者が あなたの中から出た。
1:12 主はこう言われる。「彼らは力に満ち、数が多くても 必ず、切り倒され、消えうせる。わたしはお前を苦しめたが 二度と苦しめはしない。
1:13 今、わたしは彼の軛を砕いてお前から除き お前をつないでいた鎖を断ち切る。」

詩篇 75:1  指揮者によって。「滅ぼさないでください」に合わせて。賛歌。アサフの詩。歌。
75:2 あなたに感謝をささげます。神よ、あなたに感謝をささげます。御名はわたしたちの近くにいまし 人々は驚くべき御業を物語ります。
75:3 「わたしは必ず時を選び、公平な裁きを行う。
75:4 地はそこに住むすべてのものと共に 溶け去ろうとしている。しかし、わたしは自ら地の柱を固める。
75:5 わたしは驕る者たちに、驕るなと言おう。逆らう者に言おう、角をそびやかすなと。
75:6 お前たちの角を高くそびやかすな。胸を張って断言するな。」
75:7 そうです、人を高く上げるものは 東からも西からも、荒れ野からも来ません。
75:8 神が必ず裁きを行い ある者を低く、ある者を高くなさるでしょう。
75:9 すでに杯は主の御手にあり 調合された酒が泡立っています。主はこれを注がれます。この地の逆らう者は皆、それを飲み おりまで飲み干すでしょう。
75:10 わたしはとこしえにこのことを語り継ぎ ヤコブの神にほめ歌をささげます。
75:11 「わたしは逆らう者の角をことごとく折り 従う者の角を高く上げる。」

黙示録 14:12 ここに、神の掟を守り、イエスに対する信仰を守り続ける聖なる者たちの忍耐が必要である。
14:13 また、わたしは天からこう告げる声を聞いた。「書き記せ。『今から後、主に結ばれて死ぬ人は幸いである』と。」"霊"も言う。「然り。彼らは労苦を解かれて、安らぎを得る。その行いが報われるからである。」
14:14 また、わたしが見ていると、見よ、白い雲が現れて、人の子のような方がその雲の上に座っており、頭には金の冠をかぶり、手には鋭い鎌を持っておられた。
14:15 すると、別の天使が神殿から出て来て、雲の上に座っておられる方に向かって大声で叫んだ。「鎌を入れて、刈り取ってください。刈り入れの時が来ました。地上の穀物は実っています。」
14:16 そこで、雲の上に座っておられる方が、地に鎌を投げると、地上では刈り入れが行われた。
14:17 また、別の天使が天にある神殿から出て来たが、この天使も手に鋭い鎌を持っていた。
14:18 すると、祭壇のところから、火をつかさどる権威を持つ別の天使が出て来て、鋭い鎌を持つ天使に大声でこう言った。「その鋭い鎌を入れて、地上のぶどうの房を取り入れよ。ぶどうの実は既に熟している。」
14:19 そこで、その天使は、地に鎌を投げ入れて地上のぶどうを取り入れ、これを神の怒りの大きな搾り桶に投げ入れた。
14:20 搾り桶は、都の外で踏まれた。すると、血が搾り桶から流れ出て、馬のくつわに届くほどになり、千六百スタディオンにわたって広がった。


昨日の日課の箇所では、イエス様が毒麦のたとえを用いて、天の国について語られているが、主なる神様は、今すぐには裁きをなさらないけれども、良い麦も毒麦も両方育つママにしておき、刈り入れの時には、毒麦だけを取り分けて焼き滅ぼしてしまうであろうことが語られている。
一見、毒麦も育つまま放置しているように見えても、それは、徹底的に、かつ完全な裁きを行うためであろう。
良い麦は一粒たりとも余さず収穫し、毒麦もまた一粒たりとも残らず焼き尽くすためであろう。
それほどに、主のなさる裁きは完璧に成し遂げられることを意味している。
裁きのタイミングが早いか遅いか、何もしないのか、そう言ったことではなく、完璧に成し遂げられる、ということであろう。
ちなみに、主のなさる裁きは、良い麦が収穫されることと、毒麦が焼き滅ぼされることと、二つ合わせて一つの裁きと言える。
善きものと悪しきものとが正しく選別され、そして正しく報われるのである。
だから、主なる神様は、決して悪しきものをそのまま放置しているのでもなく、正しい裁きを行うために、時を伸ばしておられるということであろう。
そして、願わくは、一人でも多くの魂が悔い改め、救いにあずかることができるように、待っておられるのもまた真実。

2ペテロ3:9 ある人たちは、遅いと考えているようですが、主は約束の実現を遅らせておられるのではありません。そうではなく、一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、あなたがたのために忍耐しておられるのです。