申命記28章1~14節、詩篇92篇、エフェソ4章17節~5章2節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

申命記 28:1 もし、あなたがあなたの神、主の御声によく聞き従い、今日わたしが命じる戒めをことごとく忠実に守るならば、あなたの神、主は、あなたを地上のあらゆる国民にはるかにまさったものとしてくださる。
28:2 あなたがあなたの神、主の御声に聞き従うならば、これらの祝福はすべてあなたに臨み、実現するであろう。
28:3 あなたは町にいても祝福され、野にいても祝福される。
28:4 あなたの身から生まれる子も土地の実りも、家畜の産むもの、すなわち牛の子や羊の子も祝福され、
28:5 籠もこね鉢も祝福される。
28:6 あなたは入るときも祝福され、出て行くときも祝福される。
28:7 主は、あなたに立ち向かう敵を目の前で撃ち破られる。敵は一つの道から攻めて来るが、あなたの前に敗れて七つの道に逃げ去る。
28:8 主は、あなたのために、あなたの穀倉に対しても、あなたの手の働きすべてに対しても祝福を定められ、あなたの神、主が与えられる土地であなたを祝福される。
28:9 もし、あなたがあなたの神、主の戒めを守り、その道に従って歩むならば、主はお誓いになったとおり、あなたを聖なる民とされる。
28:10 地上のすべての民は、あなたに主の御名が付けられるのを見て、あなたに畏れを抱く。
28:11 主は、あなたに与えると先祖に誓われた土地で、あなたの身から生まれる子、家畜の産むもの、土地の実りを豊かに増し加え、
28:12 恵みの倉である天を開いて、季節ごとにあなたの土地に雨を降らせ、あなたの手の業すべてを祝福される。あなたはそれゆえ、多くの国民に貸すようになるが、あなたが貸してもらうことはないであろう。
28:13 わたしが今日、忠実に守るように命じるあなたの神、主の戒めにあなたが聞き従うならば、主はあなたを頭とし、決して尾とはされない。あなたは常に上に立ち、決して下になることはないであろう。
28:14 あなたは、今日わたしが命じるすべての言葉から離れて左右にそれ、他の神々に従い仕えてはならない。

詩篇 92:1  賛歌。歌。安息日に。
92:2 いかに楽しいことでしょう 主に感謝をささげることは いと高き神よ、御名をほめ歌い
92:3 朝ごとに、あなたの慈しみを 夜ごとに、あなたのまことを述べ伝えることは
92:4 十弦の琴に合わせ、竪琴に合わせ 琴の調べに合わせて。
92:5 主よ、あなたは 御業を喜び祝わせてくださいます。わたしは御手の業を喜び歌います。
92:6 主よ、御業はいかに大きく 御計らいはいかに深いことでしょう。
92:7 愚かな者はそれを知ることなく 無知な者はそれを悟ろうとしません。
92:8 神に逆らう者が野の草のように茂り 悪を行う者が皆、花を咲かせるように見えても 永遠に滅ぼされてしまいます。
92:9 主よ、あなたこそ、永遠に高くいます方。
92:10 主よ、あなたに敵対する者は、必ず あなたに敵対する者は、必ず滅び 悪を行う者は皆、散らされて行きます。
92:11 あなたはわたしの角を野牛のように上げさせ 豊かな油を注ぎかけてくださることでしょう
92:12 わたしを陥れようとする者をこの目で見 悪人がわたしに逆らって立つのを この耳で聞いているときにも。
92:13 神に従う人はなつめやしのように茂り レバノンの杉のようにそびえます。
92:14 主の家に植えられ わたしたちの神の庭に茂ります。
92:15 白髪になってもなお実を結び 命に溢れ、いきいきとし
92:16 述べ伝えるでしょう わたしの岩と頼む主は正しい方 御もとには不正がない、と。

エフェソ 4:17 そこで、わたしは主によって強く勧めます。もはや、異邦人と同じように歩んではなりません。彼らは愚かな考えに従って歩み、
4:18 知性は暗くなり、彼らの中にある無知とその心のかたくなさのために、神の命から遠く離れています。
4:19 そして、無感覚になって放縦な生活をし、あらゆるふしだらな行いにふけってとどまるところを知りません。
4:20 しかし、あなたがたは、キリストをこのように学んだのではありません。
4:21 キリストについて聞き、キリストに結ばれて教えられ、真理がイエスの内にあるとおりに学んだはずです。
4:22 だから、以前のような生き方をして情欲に迷わされ、滅びに向かっている古い人を脱ぎ捨て、
4:23 心の底から新たにされて、
4:24 神にかたどって造られた新しい人を身に着け、真理に基づいた正しく清い生活を送るようにしなければなりません。
4:25 だから、偽りを捨て、それぞれ隣人に対して真実を語りなさい。わたしたちは、互いに体の一部なのです。
4:26 怒ることがあっても、罪を犯してはなりません。日が暮れるまで怒ったままでいてはいけません。
4:27 悪魔にすきを与えてはなりません。
4:28 盗みを働いていた者は、今からは盗んではいけません。むしろ、労苦して自分の手で正当な収入を得、困っている人々に分け与えるようにしなさい。
4:29 悪い言葉を一切口にしてはなりません。ただ、聞く人に恵みが与えられるように、その人を造り上げるのに役立つ言葉を、必要に応じて語りなさい。
4:30 神の聖霊を悲しませてはいけません。あなたがたは、聖霊により、贖いの日に対して保証されているのです。
4:31 無慈悲、憤り、怒り、わめき、そしりなどすべてを、一切の悪意と一緒に捨てなさい。
4:32 互いに親切にし、憐れみの心で接し、神がキリストによってあなたがたを赦してくださったように、赦し合いなさい。
5:1 あなたがたは神に愛されている子供ですから、神に倣う者となりなさい。
5:2 キリストがわたしたちを愛して、御自分を香りのよい供え物、つまり、いけにえとしてわたしたちのために神に献げてくださったように、あなたがたも愛によって歩みなさい。



エフェソの手紙の箇所には「以前のような生き方をして情欲に迷わされ、滅びに向かっている古い人を脱ぎ捨て、心の底から新たにされて、神にかたどって造られた新しい人を身に着け、真理に基づいた正しく清い生活を送るようにしなければなりません。偽りを捨て、それぞれ隣人に対して真実を語りなさい。わたしたちは、互いに体の一部なのです。」と語られており、主イエス様を信じて救われた者が、罪の支配下のもと、事故の都合や欲望に従って生きるのではなく、神の御心に従い、清く、愛ある者として生きていくようにといったことが勧められている。
分かってはいるが、なかなかそれが難しい。
けれど、ほんのちょっとしたことに気を付けるだけで、ずいぶん考え方や行動も変わってくるのだろう。
たとえば、隣人に対して、相手も同じ人間であり、モノや動物、ましてや奴隷のような存在ではないということを心がけるだけで、ずいぶん対応も違ってくるだろう。
多くのことはできなくても、ましてや完全な者になろうとしなくても、とっとしたことから、自分にできるところから取り組んでいけば良い。
自分とは勧化方が違って当然だし、相手の人がなぜそう思い、なぜおそのような行動をとるのか理解できなくても、その人にとっては、それが普通のことかもしれないし、少なくとも、我々に他人の生き方まで支配する権限などない。
それが分かれば、相手に対する批判の言葉や攻撃といったことも少なくなるのではないだろうか。
大切なことは、相手を思いやる心、憐れみの心を持つこと。
どんな大きな愛の業よりも、まずは思いやりの心を持って相手のことを慮るだけでも、それだけでも幸いなことであろう。

マタイまた、群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた。

何もできない時だってあるし、見るからに絶望的な状況に呆然と立ち尽くすしかないこともあるだろう。
それでも、憐れみの心を持って、その人のために祈ることを忘れなければ、きっと間違った選択をすることもなくなるだろう。
常に正解とはいかなくても、できる限り過ちだけは選択しないよう心路がけていきたいいものである。