創世記35章1~15節、詩篇89篇6~38節、使徒8章4~13節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

創世記 35:1 神はヤコブに言われた。「さあ、ベテルに上り、そこに住みなさい。そしてその地に、あなたが兄エサウを避けて逃げて行ったとき、あなたに現れた神のための祭壇を造りなさい。」
35:2 ヤコブは、家族の者や一緒にいるすべての人々に言った。「お前たちが身に着けている外国の神々を取り去り、身を清めて衣服を着替えなさい。
35:3 さあ、これからベテルに上ろう。わたしはその地に、苦難の時わたしに答え、旅の間わたしと共にいてくださった神のために祭壇を造る。」
35:4 人々は、持っていた外国のすべての神々と、着けていた耳飾りをヤコブに渡したので、ヤコブはそれらをシケムの近くにある樫の木の下に埋めた。
35:5 こうして一同は出発したが、神が周囲の町々を恐れさせたので、ヤコブの息子たちを追跡する者はなかった。
35:6 ヤコブはやがて、一族の者すべてと共に、カナン地方のルズ、すなわちベテルに着き、
35:7 そこに祭壇を築いて、その場所をエル・ベテルと名付けた。兄を避けて逃げて行ったとき、神がそこでヤコブに現れたからである。
35:8 リベカの乳母デボラが死に、ベテルの下手にある樫の木の下に葬られた。そこで、その名はアロン・バクト(嘆きの樫の木)と呼ばれるようになった。
35:9 ヤコブがパダン・アラムから帰って来たとき、神は再びヤコブに現れて彼を祝福された。
35:10 神は彼に言われた。「あなたの名はヤコブである。しかし、あなたの名はもはやヤコブと呼ばれない。イスラエルがあなたの名となる。」神はこうして、彼をイスラエルと名付けられた。
35:11 神は、また彼に言われた。「わたしは全能の神である。産めよ、増えよ。あなたから 一つの国民、いや多くの国民の群れが起こり あなたの腰から王たちが出る。
35:12 わたしは、アブラハムとイサクに与えた土地を あなたに与える。また、あなたに続く子孫にこの土地を与える。」
35:13 神はヤコブと語られた場所を離れて昇って行かれた。
35:14 ヤコブは、神が自分と語られた場所に記念碑を立てた。それは石の柱で、彼はその上にぶどう酒を注ぎかけ、また油を注いだ。
35:15 そしてヤコブは、神が自分と語られた場所をベテルと名付けた。

詩篇 89:6 主よ、天があなたの驚くべき力を告白し 聖なるものがその集会で あなたのまことを告白しますように。
89:7 雲の上で、誰が主に並びえましょう 神々の子らの中で誰が主に比べられましょう。
89:8 聖なるものの集いにおいて あなたは恐れられる神。御もとにあるものすべてに超えて 大いに畏れ敬われる方です。
89:9 万軍の神、主よ 誰があなたのような威力を持つでしょう。主よ、あなたの真実は あなたを取り囲んでいます。
89:10 あなたは誇り高い海を支配し 波が高く起これば、それを静められます。
89:11 あなたはラハブを砕き、刺し殺し 御腕の力を振るって敵を散らされました。
89:12 天はあなたのもの、地もあなたのもの。御自ら世界とそこに満ちるものの基を置き
89:13 北と南を創造されました。タボル山、ヘルモン山は 御名を喜び歌います。
89:14 あなたは力強い業を成し遂げる腕を具え 御手の力を振るい 右の御手を高く上げられます。
89:15 正しい裁きは御座の基 慈しみとまことは御前に進みます。
89:16 いかに幸いなことでしょう 勝利の叫びを知る民は。主よ、御顔の光の中を彼らは歩きます。
89:17 絶えず、御名によって喜び躍り 恵みの御業にあずかって奮い立ちます。
89:18 あなたは彼らの力の輝きです。御旨によって、我らの角を高く上げてください。
89:19 主は我らの盾 イスラエルの聖なる方は我らの王。
89:20 あなたの慈しみに生きる人々に かつて、あなたは幻によってお告げになりました。「わたしは一人の勇士に助けを約束する。わたしは彼を民の中から選んで高く上げた。
89:21 わたしはわたしの僕ダビデを見いだし 彼に聖なる油を注いだ。
89:22 わたしの手は彼を固く支え わたしの腕は彼に勇気を与えるであろう。
89:23 敵は彼を欺きえず 不正な者が彼を低くすることはない。
89:24 わたしは彼の前で彼を苦しめる者を滅ぼし 彼を憎む者を倒す。
89:25 わたしの真実と慈しみは彼と共にあり わたしの名によって彼の角は高く上がる。
89:26 わたしは彼の手を海にまで届かせ 彼の右の手を大河にまで届かせる。
89:27 彼はわたしに呼びかけるであろう あなたはわたしの父 わたしの神、救いの岩、と。
89:28 わたしは彼を長子とし 地の諸王の中で最も高い位に就ける。
89:29 とこしえの慈しみを彼に約束し わたしの契約を彼に対して確かに守る。
89:30 わたしは彼の子孫を永遠に支え 彼の王座を天の続く限り支える。
89:31 しかし、彼の子らがわたしの教えを捨て わたしの裁きによって歩まず
89:32 わたしの掟を破り わたしの戒めを守らないならば
89:33 彼らの背きに対しては杖を 悪に対しては疫病を罰として下す。
89:34 それでもなお、わたしは慈しみを彼から取り去らず わたしの真実をむなしくすることはない。
89:35 契約を破ることをせず わたしの唇から出た言葉を変えることはない。
89:36 聖なるわたし自身にかけて わたしはひとつのことを誓った ダビデを裏切ることは決してない、と。
89:37 彼の子孫はとこしえに続き 彼の王座はわたしの前に太陽のように
89:38 雲の彼方の確かな証しである月のように とこしえに立つであろう。」

使徒 10:44 ペトロがこれらのことをなおも話し続けていると、御言葉を聞いている一同の上に聖霊が降った。
10:45 割礼を受けている信者で、ペトロと一緒に来た人は皆、聖霊の賜物が異邦人の上にも注がれるのを見て、大いに驚いた。
10:46 異邦人が異言を話し、また神を賛美しているのを、聞いたからである。そこでペトロは、
10:47 「わたしたちと同様に聖霊を受けたこの人たちが、水で洗礼を受けるのを、いったいだれが妨げることができますか」と言った。
10:48 そして、イエス・キリストの名によって洗礼を受けるようにと、その人たちに命じた。それから、コルネリウスたちは、ペトロになお数日滞在するようにと願った。



聖書の御言葉が語られ、それを信じて聞く者の上に聖霊は下る。
聖霊が下るという事は、その人が聖霊に従うようになることである。
神を礼拝するのも、神の恵みの支配の下に身を置き、神様のなさった救いの御業のもとに自分を置くことである。

しかし、実際はどうであろうか。
神を礼拝していても、いつの間にか自分自身のほうが神より上になってはいないだろうか。
誰かを批判したり、裁いたり、怒ったり、そんなことをしている人は、自分が神より上に、神に成り代わっていることに気が付いていないのである。
自分と考え方が違う人がいていいし、自分の思うようにならなくてもそれは当然のことではないか。
何もかも自分の思う通りにならないと気が済まないというのなら、それこそ、自分自身が神となっている証拠であろう。
神を信じ、神に従うとは、神ご自身がこんな愚かな罪人のためにも御子イエス様をこの世に送り、私の身代わりとして十字架で死に、全ての罪を償い、救って下さった、という救いの約束のもとに自分自身を置くことである。

ローマ3:10 次のように書いてあるとおりです。「正しい者はいない。一人もいない。
3:11 悟る者もなく、神を探し求める者もいない。
3:12 皆迷い、だれもかれも役に立たない者となった。善を行う者はいない。ただの一人もいない。
3:13 彼らののどは開いた墓のようであり、彼らは舌で人を欺き、その唇には蝮の毒がある。
3:14 口は、呪いと苦味で満ち、
3:15 足は血を流すのに速く、
3:16 その道には破壊と悲惨がある。
3:17 彼らは平和の道を知らない。
3:18 彼らの目には神への畏れがない。」
3:19 さて、わたしたちが知っているように、すべて律法の言うところは、律法の下にいる人々に向けられています。それは、すべての人の口がふさがれて、全世界が神の裁きに服するようになるためなのです。
3:20 なぜなら、律法を実行することによっては、だれ一人神の前で義とされないからです。律法によっては、罪の自覚しか生じないのです。
3:21 ところが今や、律法とは関係なく、しかも律法と預言者によって立証されて、神の義が示されました。
3:22 すなわち、イエス・キリストを信じることにより、信じる者すべてに与えられる神の義です。そこには何の差別もありません。
3:23 人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっていますが、
3:24 ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより無償で義とされるのです。

誰かを批判するのはもう辞めにして、この御言葉のみもとに自分自身を置き、救いの恵みの支配のもと、感謝して生きて行こう。