イザヤ24章1~16節、詩篇21篇 1テサロニケ4章1~12節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

イザヤ 24:1 見よ、主は地を裸にして、荒廃させ 地の面をゆがめて住民を散らされる。
24:2 民も祭司も、僕も主人も、女の僕も女主人も 売る者も買う者も、貸す者も借りる者も 債権者も債務者も、すべて同じ運命になる。
24:3 地は全く裸にされ、強奪に遭う。主がこの言葉を語られた。
24:4 地は乾き、衰え 世界は枯れ、衰える。地上の最も高貴な民も弱り果てる。
24:5 地はそこに住む者のゆえに汚された。彼らが律法を犯し、掟を破り 永遠の契約を棄てたからだ。
24:6 それゆえ、呪いが地を食い尽くし そこに住む者は罪を負わねばならなかった。それゆえ、地に住む者は焼き尽くされ わずかの者だけが残された。
24:7 新しい酒は乾き、ぶどうのつるは枯れる。心の朗らかだった人々も皆、ため息をつく。
24:8 太鼓の音は絶え、陽気な人々の騒ぎは終わり 竪琴の音も絶えた。
24:9 酒を飲んで歌う人々もいなくなり 甘い酒も、飲んでみれば苦い。
24:10 混乱の町は破壊され どの家も閉ざされ、入る者もない。
24:11 巷には酒を求めて叫ぶ声がある。喜びはことごとくうせ 地上の楽しみは取り去られた。
24:12 都には荒廃だけが残り 騒ぎのうちに城門は打ち倒された。
24:13 世界のただ中、諸民族の間で オリーブを探して打ち尽くすようなことが 収穫の後になお ぶどうを探すようなことが起こる。
24:14 彼らは声をあげ、主の威光を喜び歌い 海から叫び声をあげる。
24:15 それゆえ、あなたたちは東の地でも主を尊び 海の島々でも、イスラエルの神、主の御名を尊べ。
24:16 地の果てから、歌声が聞こえる。「主に従う人に誉れあれ」と。しかし、わたしは思った。「わたしは衰える、わたしは衰える わたしは災いだ。欺く者が欺き 欺く者の欺きが欺く。」

詩篇 21:1  指揮者によって。賛歌。ダビデの詩。
21:2 主よ、王はあなたの御力を喜び祝い 御救いのゆえに喜び躍る。
21:3 あなたは王の心の望みをかなえ 唇の願い求めるところを拒まず
21:4 彼を迎えて豊かな祝福を与え 黄金の冠をその頭におかれた。
21:5 願いを聞き入れて命を得させ 生涯の日々を世々限りなく加えられた。
21:6 御救いによって王の栄光は大いなるものになる。あなたは彼に栄えと輝きを賜る。
21:7 永遠の祝福を授け、御顔を向けられると 彼は喜び祝う。
21:8 王は主に依り頼む。いと高き神の慈しみに支えられ 決して揺らぐことがない。
21:9 あなたの御手は敵のすべてに及び 右の御手はあなたを憎む者に及ぶ。
21:10 主よ、あなたが怒りを表されるとき 彼らは燃える炉に投げ込まれた者となり 怒りに呑み込まれ、炎になめ尽くされ
21:11 その子らは地から 子孫は人の子らの中から断たれる。
21:12 彼らはあなたに向かって悪事をたくらみ 陰謀をめぐらすが、決して成功しない。
21:13 かえって、あなたは彼らを引き倒し 彼らに向かって弓を引き絞られる。
21:14 御力を表される主をあがめよ。力ある御業をたたえて、我らは賛美の歌をうたう。

1テサロニケ 4:1 さて、兄弟たち、主イエスに結ばれた者としてわたしたちは更に願い、また勧めます。あなたがたは、神に喜ばれるためにどのように歩むべきかを、わたしたちから学びました。そして、現にそのように歩んでいますが、どうか、その歩みを今後も更に続けてください。
4:2 わたしたちが主イエスによってどのように命令したか、あなたがたはよく知っているはずです。
4:3 実に、神の御心は、あなたがたが聖なる者となることです。すなわち、みだらな行いを避け、
4:4 おのおの汚れのない心と尊敬の念をもって妻と生活するように学ばねばならず、
4:5 神を知らない異邦人のように情欲におぼれてはならないのです。
4:6 このようなことで、兄弟を踏みつけたり、欺いたりしてはいけません。わたしたちが以前にも告げ、また厳しく戒めておいたように、主はこれらすべてのことについて罰をお与えになるからです。
4:7 神がわたしたちを招かれたのは、汚れた生き方ではなく、聖なる生活をさせるためです。
4:8 ですから、これらの警告を拒む者は、人を拒むのではなく、御自分の聖霊をあなたがたの内に与えてくださる神を拒むことになるのです。
4:9 兄弟愛については、あなたがたに書く必要はありません。あなたがた自身、互いに愛し合うように、神から教えられているからです。
4:10 現にあなたがたは、マケドニア州全土に住むすべての兄弟に、それを実行しています。しかし、兄弟たち、なおいっそう励むように勧めます。
4:11 そして、わたしたちが命じておいたように、落ち着いた生活をし、自分の仕事に励み、自分の手で働くように努めなさい。
4:12 そうすれば、外部の人々に対して品位をもって歩み、だれにも迷惑をかけないで済むでしょう。


神の御心に適う生き方とは、どういう生き方なのか。
聖書に記されている、神の御心にかなう生き方は、それほど難しいことでもない。
みだらな行いを避け、汚れのない心と尊敬の念をもって妻と生活するとか、兄弟をふみつけたり、欺いたりせず、互いに愛し合うようにといったことは、ごくごく当たり前のことであろう。
人が人とが互いそ尊重し合い、和を尊び、共に心地よく生きていくために必要なことばかりである。
けれど、多くの人は、おそらくそれらのことは分かっているのだろう。
分かっているけれども、なかなかそれを実行するのが難しい、とうのが現実であろう。
人は自分勝手だし、自分の益となるように、自分の都合の良いように物事を考え、行動しようとする。
そんな生き方を続けていたら、周囲の人から嫌われて、人間関係を悪くし、結局、自分にとっても生き辛いことになってしまうというのに、それも分かっているはずなのに、である。
人が本当に幸せにいきたいと願うなら、神の御心に適う生き方を率先して選んでいけば良い、ただそれだけのことであろう。
それは難しいことではあっても、願い、求め、実践していくことのできるもの。
イエス様は、御自分の命を捧げて、そのような生き方を示して下さったし、今日も私たちの心に語りかけて下さり、働きかけて下さっている。
あとは、このような関わりを持ち続けて下さるイエス様と共に歩んで行くだけである。
私と、今日私が関わりを持つ人全てに、主イエス様の祝福と喜びが豊かにありますように。