イザヤ7章1~9節、詩篇37篇1~9節、マタイ20章29~34節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

イザヤ 7:1 ユダの王ウジヤの孫であり、ヨタムの子であるアハズの治世のことである。アラムの王レツィンとレマルヤの子、イスラエルの王ペカが、エルサレムを攻めるため上って来たが、攻撃を仕掛けることはできなかった。
7:2 しかし、アラムがエフライムと同盟したという知らせは、ダビデの家に伝えられ、王の心も民の心も、森の木々が風に揺れ動くように動揺した。
7:3 主はイザヤに言われた。「あなたは息子のシェアル・ヤシュブと共に出て行って、布さらしの野に至る大通りに沿う、上貯水池からの水路の外れでアハズに会い、
7:4 彼に言いなさい。落ち着いて、静かにしていなさい。恐れることはない。アラムを率いるレツィンとレマルヤの子が激しても、この二つの燃え残ってくすぶる切り株のゆえに心を弱くしてはならない。
7:5 アラムがエフライムとレマルヤの子を語らって、あなたに対して災いを謀り、
7:6 『ユダに攻め上って脅かし、我々に従わせ、タベアルの子をそこに王として即位させよう』と言っているが、
7:7 主なる神はこう言われる。それは実現せず、成就しない。
7:8 アラムの頭はダマスコ、ダマスコの頭はレツィン。(六十五年たてばエフライムの民は消滅する)
7:9 エフライムの頭はサマリア サマリアの頭はレマルヤの子。信じなければ、あなたがたは確かにされない。」

詩篇 37:1  ダビデの詩。 悪事を謀る者のことでいら立つな。不正を行う者をうらやむな。
37:2 彼らは草のように瞬く間に枯れる。青草のようにすぐにしおれる。
37:3 主に信頼し、善を行え。この地に住み着き、信仰を糧とせよ。
37:4 主に自らをゆだねよ 主はあなたの心の願いをかなえてくださる。
37:5 あなたの道を主にまかせよ。信頼せよ、主は計らい
37:6 あなたの正しさを光のように あなたのための裁きを 真昼の光のように輝かせてくださる。
37:7 沈黙して主に向かい、主を待ち焦がれよ。繁栄の道を行く者や 悪だくみをする者のことでいら立つな。
37:8 怒りを解き、憤りを捨てよ。自分も悪事を謀ろうと、いら立ってはならない。
37:9 悪事を謀る者は断たれ 主に望みをおく人は、地を継ぐ。

マタイ 20:29 一行がエリコの町を出ると、大勢の群衆がイエスに従った。
20:30 そのとき、二人の盲人が道端に座っていたが、イエスがお通りと聞いて、「主よ、ダビデの子よ、わたしたちを憐れんでください」と叫んだ。
20:31 群衆は叱りつけて黙らせようとしたが、二人はますます、「主よ、ダビデの子よ、わたしたちを憐れんでください」と叫んだ。
20:32 イエスは立ち止まり、二人を呼んで、「何をしてほしいのか」と言われた。
20:33 二人は、「主よ、目を開けていただきたいのです」と言った。
20:34 イエスが深く憐れんで、その目に触れられると、盲人たちはすぐ見えるようになり、イエスに従った。


自分ではどうして良いか分からない時や、自分の力ではどうにもならないだろうと思う時、人は信頼できる人に助言を求めたり、助けてもらったりしようとする。
しかし、その信頼できる相手を、どういう根拠で選んでいるだろうか。
たまたま近くにいる人、一緒にいて、同じような働きをしている人、あるいは、全く知らない人だけれど、誰かに紹介してもらったから意見を聞きに行くといったこともあるだろう。
しかし、その場合も、信頼できる人の助言で紹介してもらっているだから、その紹介してくれた人への信頼があるからこそ、その人の言うことを信じて行動しているということである。
重要なことは「信頼」である。
自分のことを心配してくれて、親身になって相談に乗ってくれたりすると、人は信頼しやすい。
しかし、そのような優しい人であったとしても、常に正しい判断や導きを与えてくれるかというと、残念ながら、人間は万能ではない。
どんなに心優しく、知恵ある人でも、我々と同じ人間である限り、能力の限界もあるし、よこしまな心が全くないわけでもない。
他人を信用するなというわけではないが、誰に、何を聞くべきかということは重要であるし、どんなに信用できそうな人でも、信用して助言に従っても、上手くいかないこともあるだろう。
しかし、神は違う。
常に正しく、全能である。

2テモテ2:13 わたしたちが誠実でなくても、キリストは常に真実であられる。キリストは御自身を否むことができないからである。」

もちろん、神が全てのことを私たちの願い通りにかなえてくれるというわけでもないが、神のご計画のもと、御心のままに全てを導いて下さる。

ローマ 8:28 神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。

神は私たちを愛し、御子イエス様の命をもおしまずささげて救おうとされたお方である。
私たちはこの神の御言葉に聞き、命をかけて愛し救おうとされた方の御心に従い、この世界に生きる全ての人々に神の救いの約束をお届けするために、私たち自身もまた、この方のみ声に聞き従って生きていきたいものである。

2テモテ1:10 今や、わたしたちの救い主キリスト・イエスの出現によって明らかにされたものです。キリストは死を滅ぼし、福音を通して不滅の命を現してくださいました。
1:11 この福音のために、わたしは宣教者、使徒、教師に任命されました。
1:12 そのために、わたしはこのように苦しみを受けているのですが、それを恥じていません。というのは、わたしは自分が信頼している方を知っており、わたしにゆだねられているものを、その方がかの日まで守ることがおできになると確信しているからです。
1:13 キリスト・イエスによって与えられる信仰と愛をもって、わたしから聞いた健全な言葉を手本としなさい。