イザヤ44章1~4節、詩篇104篇24~35節、ガラテヤ6章7~10節 | 聖書日課 デボーションノート

聖書日課 デボーションノート

聖書日課に従って、日々聖書を読んで思わされたことを書き留めています。


聖書本文は日本聖書協会発行の新共同訳聖書を引用しています。

イザヤ 44:1 そして今、わたしの僕ヤコブよ わたしの選んだイスラエルよ、聞け。
44:2 あなたを造り、母の胎内に形づくり あなたを助ける主は、こう言われる。恐れるな、わたしの僕ヤコブよ。わたしの選んだエシュルンよ。
44:3 わたしは乾いている地に水を注ぎ 乾いた土地に流れを与える。あなたの子孫にわたしの霊を注ぎ あなたの末にわたしの祝福を与える。
44:4 彼らは草の生い茂る中に芽生え 水のほとりの柳のように育つ。

詩篇 104:24 主よ、御業はいかにおびただしいことか。あなたはすべてを知恵によって成し遂げられた。地はお造りになったものに満ちている。
104:25 同じように、海も大きく豊かで その中を動きまわる大小の生き物は数知れない。
104:26 舟がそこを行き交い お造りになったレビヤタンもそこに戯れる。
104:27 彼らはすべて、あなたに望みをおき ときに応じて食べ物をくださるのを待っている。
104:28 あなたがお与えになるものを彼らは集め 御手を開かれれば彼らは良い物に満ち足りる。
104:29 御顔を隠されれば彼らは恐れ 息吹を取り上げられれば彼らは息絶え 元の塵に返る。
104:30 あなたは御自分の息を送って彼らを創造し 地の面を新たにされる。
104:31 どうか、主の栄光がとこしえに続くように。主が御自分の業を喜び祝われるように。
104:32 主が地を見渡されれば地は震え 山に触れられれば山は煙を上げる。
104:33 命ある限り、わたしは主に向かって歌い 長らえる限り、わたしの神にほめ歌をうたおう。
104:34 どうか、わたしの歌が御心にかなうように。わたしは主によって喜び祝う。
104:35 どうか、罪ある者がこの地からすべてうせ 主に逆らう者がもはや跡を絶つように。わたしの魂よ、主をたたえよ。ハレルヤ。

ガラテヤ 6:7 思い違いをしてはいけません。神は、人から侮られることはありません。人は、自分の蒔いたものを、また刈り取ることになるのです。
6:8 自分の肉に蒔く者は、肉から滅びを刈り取り、霊に蒔く者は、霊から永遠の命を刈り取ります。
6:9 たゆまず善を行いましょう。飽きずに励んでいれば、時が来て、実を刈り取ることになります。
6:10 ですから、今、時のある間に、すべての人に対して、特に信仰によって家族になった人々に対して、善を行いましょう。


正常性バイアスという言葉がある。
大きな災害などに直面した時、どうにかして自分の身を守ろうという意思が働いて、何の根拠もないのに「自分は大丈夫」と思い込んでしまうようなことを言うらしい。
これは、神の御前における罪深い私たち人間の姿にも当てはまるのではないだろうか。
なんとなく「自分は大丈夫」と思い込んでいるが、何の根拠もないどころか、むしろ頑なに神のみ声に聞き従おうとせず、ますます深刻な状態となっているのが現状であろう。
昔、某マンガの主人公が「お前はすでに死んでいる」というセリフを言っていたが、私たち人間も自分が滅んでいることに気が付いていないのだ。
あから、主なる神様は、私たちを滅ぼそうとして裁きを行われるのではなく、すでに滅んでいる状態だることを宣告し、そこから救い出してあげたいと願っておられるのだ。
何の根拠もない「自分は大丈夫」との思い込みに頼るのではなく、イエス様の贖いと復活による確かな救いの約束を伴った神の恵みの言葉に信頼しつつ、滅んでいるものではなく、救われて命あるものとして生きていきたいものである。