出エジプト 33:12 モーセは主に言った。「あなたはわたしに、『この民を率いて上れ』と言われました。しかし、わたしと共に遣わされる者をお示しになりません。あなたは、また、『わたしはあなたを名指しで選んだ。わたしはあなたに好意を示す』と言われました。
33:13 お願いです。もしあなたがわたしに御好意を示してくださるのでしたら、どうか今、あなたの道をお示しください。そうすれば、わたしはどのようにして、あなたがわたしに御好意を示してくださるか知りうるでしょう。どうか、この国民があなたの民であることも目にお留めください。」
33:14 主が、「わたしが自ら同行し、あなたに安息を与えよう」と言われると、
33:15 モーセは主に言った。「もし、あなた御自身が行ってくださらないのなら、わたしたちをここから上らせないでください。
33:16 一体何によって、わたしとあなたの民に御好意を示してくださることが分かるでしょうか。あなたがわたしたちと共に行ってくださることによってではありませんか。そうすれば、わたしとあなたの民は、地上のすべての民と異なる特別なものとなるでしょう。」
33:17 主はモーセに言われた。「わたしは、あなたのこの願いもかなえよう。わたしはあなたに好意を示し、あなたを名指しで選んだからである。」
詩篇 97:1 主こそ王。全地よ、喜び躍れ。多くの島々よ、喜び祝え。
97:2 密雲と濃霧が主の周りに立ちこめ 正しい裁きが王座の基をなす。
97:3 火は御前を進み 周りの敵を焼き滅ぼす。
97:4 稲妻は世界を照らし出し 地はそれを見て、身もだえし
97:5 山々は蝋のように溶ける 主の御前に、全地の主の御前に。
97:6 天は主の正しさを告げ知らせ すべての民はその栄光を仰ぎ見る。
97:7 すべて、偶像に仕える者 むなしい神々を誇りとする者は恥を受ける。神々はすべて、主に向かってひれ伏す。
97:8 シオンは聞いて喜び祝い ユダのおとめらは喜び躍る 主よ、あなたの裁きのゆえに。
97:9 あなたは主、全地に君臨されるいと高き神。神々のすべてを超え、あがめられる神。
97:10 主を愛する人は悪を憎む。主の慈しみに生きる人の魂を主は守り 神に逆らう者の手から助け出してくださる。
97:11 神に従う人のためには光を 心のまっすぐな人のためには喜びを 種蒔いてくださる。
97:12 神に従う人よ、主にあって喜び祝え。聖なる御名に感謝をささげよ。
黙示 22:6 そして、天使はわたしにこう言った。「これらの言葉は、信頼でき、また真実である。預言者たちの霊感の神、主が、その天使を送って、すぐにも起こるはずのことを、御自分の僕たちに示されたのである。
22:7 見よ、わたしはすぐに来る。この書物の預言の言葉を守る者は、幸いである。」
22:8 わたしは、これらのことを聞き、また見たヨハネである。聞き、また見たとき、わたしは、このことを示してくれた天使の足もとにひれ伏して、拝もうとした。
22:9 すると、天使はわたしに言った。「やめよ。わたしは、あなたや、あなたの兄弟である預言者たちや、この書物の言葉を守っている人たちと共に、仕える者である。神を礼拝せよ。」
モーセは、自分がイスラエルの民を導く者として召された事について、果たして本当にそんなことができるのか不安で仕方がなかったようである。
当然であろう。
普段は無口でおとなしい、どちらかと言えば、そういった務めを果たすのに向いていないことくらいは自分でも分かっていたはずである。
けれども、主なる神様がイエスラエルの民を救いへと導く務めに用いようというのなら、本当にそれができるのかどうか確証を示して欲しいと思うの当然のことであろう。
それに対する神様の応えは「わたしが自ら同行し、あなたに安息を与えよう」というものである。
モーセは協力者を願ったが、神ご自身が共に言って下さるというのだ。
これ以上ない力強いサポートではないだろうか。
けれど、神様は目には見えない。
果たして本当に共にいて下さるのだろうかとの不安は尽きないだろう。
それでも「主な必ず共にいる」と信じるしかない。
しかし、信じるならば、安息すなわち平安が与えられる。
私たちの人生の歩みの全ても同じであろう。
神は目には見えないが、いつでも共にいて共に歩んで下さる、そう信じて生きていくならば、きっと揺るぎない平安が与えられるであろう。
主なる神様は人間と違って裏切ったり偽ったりしないのだから。